風鈴の音は綺麗だと思う。
高くて、金属的で。
でもさぁ、と彼女は呟いて、ネイルを塗った爪でグラスの縁を軽く弾いた。キン、という小さな金属音が静かな店に高く響く。
「アタシ、あの音で涼しいと思ったこと、一度も無いんだよね」
彼女の声はどこか投げやりで退屈そうにも聞こえる。私はそんな彼女を横目に見ながら、グラスを伝う水滴をそっと拭った。
「細やかな感性、ってやつが無いんだよ、アタシ」
――情緒とかそんな分かんない。
彼女の横顔は幼さと年相応の憂いが混じって、不思議と人を惹きつける。
そんな彼女が僅かに唇を尖らせて言う言葉が、やけに私の心をざわつかせた。
「誰かに何か言われた?」
私の言葉に彼女は小さく首を振る。
それが嘘だということは、下唇を噛む仕草ですぐに分かった。彼女は嘘をついた後、しばらく下唇を噛む癖がある。
「アタシ、ガサツだし、教養? とか無いからさ」
彼女が私と出会うまでにどれだけの苦悩があったのか。私には推し量ることしか出来ない。だが彼女がこうして時折見せてくれる弱さを、私は愛おしく思った。
「そんなもの、無くても一向に構わないよ。それに情緒なんて人と同じである必要も無い」
私は言って、グラスに残ったワインを呷る。
あぁ、彼女の視線が喉に突き刺さっている。
「これはただのガラスだし、風鈴も現代社会においてはただのインテリアだよ。あの音に涼しさを感じる人間もいれば騒音だっていう人間もいる」
彼女の手の中でグラスの氷が溶けていく。
カランと鳴るその音が、私の耳には彼女の相槌に聞こえて。
「君の人生に何の影響も与えない人間の言葉なんて、一切気にしなくていいからね」
青いネイルが輝く指を、包み込むようにして自らの手を重ねる。
「ありがと」
噛んでいた下唇が綻んで、笑みを刻んだ。
END
「風鈴の音」
7/12/2025, 5:23:53 PM