エクスカリバー、ロンギヌスの槍。
天叢雲剣に那須与一の剛弓。
エルメスの靴、オルフェウスの竪琴、イージスの盾。
汲めども尽きぬ大釜に、決して刃こぼれしない剣。
夜中まで夢中で読んだ本の中。もしくはコントローラーで画面の中の勇者を動かしたその先に、伝説の武器や宝物が溢れていた。
小説も漫画もゲームも、親からはハマり過ぎを注意されたけれど、それがきっかけで知った世界の神話や英雄譚は数え切れない。
七つの大罪、四天王、四神に十二の星座の神話。
母は山羊座の山羊の下半身が魚であることを知らない。知らなくても生きるのに何の支障も無いけれど、本の中で、ゲームの中で知った冒険譚、英雄譚は私の中で確かに大きな価値を持っている。
冒険は、どこでも出来るんだ。
END
「冒険」
おじちゃんへ。
お元気ですか? わたしはとっても元気だよ!あと少しで病気も治るって、りんごのおじいちゃんが言ってました。
最近おじちゃんに会えなくてちょっぴりさみしいです。りんごのおじいちゃんはおじちゃんはお仕事でいそがしいから、って言ってました。
実はわたし、最初はおじちゃんの事がきらいでした。
だって、おじちゃんが来るとりんごのおじいちゃんも、おとうさんもお部屋で難しいお話をして、お話が終わるととってもこわい顔をしていたから。
でも今はもうわかってるよ。
おじちゃん達が難しいお話をしてたのは、みんな私のためだったんだよね。
今日はみんなの似顔絵をかきました。
おじちゃんのピカピカ光るやつ、綺麗で大好きだよ。でもおじちゃん、いっつもサングラスしてるから、いつかちゃんとお顔が見たいな。
似顔絵、おにいちゃんがちゃんと渡してやる、って言ってたけど、届いたかなぁ?
喜んでくれると嬉しいな。
またいつか、遊びに来てね。
×××より。
◆◆◆
色褪せてしわくちゃになった手紙を広げて、男は何を思うのか。
サングラスの奥の瞳がどんな色を湛えているのか、分かる者は誰もいない――。
END
「届いて·····」
長く伸びる灰色のコンクリートの階段。
暗く重く広がる雲。
なぜか周りには誰もいない。
私の体がぐらりと揺れて、コンクリートがまるでスローモーションのように近付いてくる。
アパートに住んでいた幼い頃。
やたら鮮明に覚えている階段から落ちた記憶。
それ以外の子供の頃の記憶はほとんど残っていない。
謎だ。
END
「あの日の景色」
ショッピングモールに飾ってある笹にどんな願い事が書かれているか通りすがりに見るのが割と楽しい。
だいたいは「彼氏が出来ますよーに」とか「〇〇のライブのチケットが当たりますように」とか「家族みんなが健康でいますように」とかオーソドックスな願い事なんだけど、たまにビックリするような願い事を書いてる人がいたりする。
この前は「嫌な縁が切れますように」と書いてある短冊を見つけた。
·····何があったか知らないけど、心穏やかに過ごせるといいね。
END
「願い事」
朝だろうが昼だろうが、彼はカーテンを開くことはなかった。
不健康だよ、と言うと「テメェにゃ関係ねえだろ」と答える。口の悪い彼はだが、腕の良い職人でもあったから、私もあまり口うるさくはしないことにしていた。彼が頑なにカーテンを開けない理由を、私は知っていたからだ。
数年前、彼の一人息子は彼を置いて逝ってしまった。
飛行船の事故だった。
病気がちで夢見がちだった彼の息子は、大空を舞う鳥に憧れ、病を押して研究に没頭した。そしてある日の朝家を飛び出し、自作の飛行船に乗って空へと舞い上がった。――彼の一人息子が鳥になれたのは、ほんの数時間だった。
あの日以来、彼は窓もカーテンも開けない。
空を見ると、鳥を見ると思い出すからだろう。
私は彼がいつか自分の手で、カーテンを開ける日が来ると信じている。
END
「空恋」