ショッピングモールに飾ってある笹にどんな願い事が書かれているか通りすがりに見るのが割と楽しい。
だいたいは「彼氏が出来ますよーに」とか「〇〇のライブのチケットが当たりますように」とか「家族みんなが健康でいますように」とかオーソドックスな願い事なんだけど、たまにビックリするような願い事を書いてる人がいたりする。
この前は「嫌な縁が切れますように」と書いてある短冊を見つけた。
·····何があったか知らないけど、心穏やかに過ごせるといいね。
END
「願い事」
朝だろうが昼だろうが、彼はカーテンを開くことはなかった。
不健康だよ、と言うと「テメェにゃ関係ねえだろ」と答える。口の悪い彼はだが、腕の良い職人でもあったから、私もあまり口うるさくはしないことにしていた。彼が頑なにカーテンを開けない理由を、私は知っていたからだ。
数年前、彼の一人息子は彼を置いて逝ってしまった。
飛行船の事故だった。
病気がちで夢見がちだった彼の息子は、大空を舞う鳥に憧れ、病を押して研究に没頭した。そしてある日の朝家を飛び出し、自作の飛行船に乗って空へと舞い上がった。――彼の一人息子が鳥になれたのは、ほんの数時間だった。
あの日以来、彼は窓もカーテンも開けない。
空を見ると、鳥を見ると思い出すからだろう。
私は彼がいつか自分の手で、カーテンを開ける日が来ると信じている。
END
「空恋」
海なし県で育ったからか、海というものに特別感を覚える。
小学生の夏休み、途中で休憩の為に寄ったサービスエリア。そこから歩いていける砂浜や、岸壁に打ち寄せる波飛沫に目を輝かせた記憶がある。
中学を卒業したあたりで帰省をする回数がぐっと減り、海に行くこともほとんど無くなった。
あの頃みたいに無邪気に波打ち際を走る気にはもうなれないけれど、今年、なぜか妙に海に行きたい気になっている。
波音に耳を澄ませて、はしゃぐ子供や散歩をするカップルをぼんやり眺めてみたり、柔らかな砂浜に腰を下ろして本を読むのもいい。
毎年帰省していた頃から二十年以上経って、私は波の音に何を思うのだろう――?
思い立ったが吉日。
ちょっと本格的に計画を立ててみようか。
END
「波音に耳を澄ませて」
「風に色なんてないでしょ」
細く白い煙を吐き出しながら彼は投げやりな声でそう言った。
海はどこまでも穏やかで、少し強い陽光にキラキラと波を輝かせている。
僕は彼の、皺の刻まれた横顔を見上げて言葉の続きを待っていた。
「そう見たいっていうキミの心が風に色をつけてるんだよ」
胸にあったチーフを摘んで掲げると、彼は海面に腕を伸ばしてパッと手を離した。
「あ!」
風に乗ってひらひらとチーフが舞う。青いチーフは鳥のように海面を舞い上がり、舞い降り、やがて水に触れると引きずり込まれるようにして海中に没した。
「風なんてものはね、ただ吹いてるだけなの。そこに意味を見出してるのは私らのただのエゴだよ」
その声に微かな寂しさを感じて、僕は彼の横顔をじっと見上げる。
「·····」
この海で彼に何があったのか、僕は知らない。でも彼がこの海の上での生活と、そこを渡る風を深く愛していることだけは分かった。
僕はと言えば、彼の指先に小さく灯る赤とそこから流れる白い煙に、なんという名をつけるべきか悩むだけだった。
END
「青い風」
「遠くへ」と打つと予測変換で「行きたい」と出る。
この一文を見ると例の歌が頭の中に流れてくる。
刷り込みって怖い(笑)。
END
「遠くへ行きたい」