せつか

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「風に色なんてないでしょ」

細く白い煙を吐き出しながら彼は投げやりな声でそう言った。
海はどこまでも穏やかで、少し強い陽光にキラキラと波を輝かせている。
僕は彼の、皺の刻まれた横顔を見上げて言葉の続きを待っていた。

「そう見たいっていうキミの心が風に色をつけてるんだよ」
胸にあったチーフを摘んで掲げると、彼は海面に腕を伸ばしてパッと手を離した。
「あ!」
風に乗ってひらひらとチーフが舞う。青いチーフは鳥のように海面を舞い上がり、舞い降り、やがて水に触れると引きずり込まれるようにして海中に没した。

「風なんてものはね、ただ吹いてるだけなの。そこに意味を見出してるのは私らのただのエゴだよ」
その声に微かな寂しさを感じて、僕は彼の横顔をじっと見上げる。
「·····」
この海で彼に何があったのか、僕は知らない。でも彼がこの海の上での生活と、そこを渡る風を深く愛していることだけは分かった。

僕はと言えば、彼の指先に小さく灯る赤とそこから流れる白い煙に、なんという名をつけるべきか悩むだけだった。


END



「青い風」

7/4/2025, 3:56:45 PM