せつか

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6/11/2025, 2:51:18 PM

その日は朝から大粒の雨が降る、酷い天気でした。
遠乗りの計画は延期になり、王様も王妃様も、どこか物憂げな表情で過ごされていました。

夕方になっても雨はやまず、王妃様は早めに自室に引き上げることになりました。
わたくしは王妃様がおやすみになる為に寝室を整え、湯の準備をしておりました。王妃様は湯浴みの時間をことのほか愛されていたのです。
ざあざあと激しい雨音が城の窓を叩いています。
王妃様が湯を掬う音は、激しい雨音にほとんど掻き消されてしまっていました。わたくしはローブを用意しながら王妃様が髪に塗っている香油の薫りに、うっとりと目を細めていました。

「――」
小さな声が聞こえました。
雨音が弱まったほんの一瞬。
妖精が通り過ぎたのでしょうか、そんな思いがけない静寂が訪れた瞬間でした。
「×××××××·····」
それは王妃様の声でした。
ほとんど囁きのような微かな声で、王妃様はある方の名前をそっと呼んだのです。

わたくしは全てを悟りました。
王妃様が時折見せる、悲しそうな微笑みの理由を。
ですが、一介の侍女に過ぎないわたくしに何が出来るというのでしょう。
湯浴みを済まされた王妃様はわたくしに「ありがとう、気持ちよかったわ」とお言葉をかけて下さいました。
ええ、そうです。
わたくしは王妃様のお心が少しでも癒されるよう、こうした日々のささやかな幸せのお手伝いをする事しか出来ませんでした。

あとは知ってのとおりです。


END


「雨音に包まれて」

6/10/2025, 3:18:13 PM

美しいとするものの基準。
正しいとするものの基準。
もし、人類全てがそれらに全く同じ基準を持っていたら·····、この世から戦争や差別は無くなるのかもしれない。
でもそれは、たった一つの価値観に支配されるということなのだろう。
その基準から外れたものは美しくないものとして、正しくないものとして排除される。それはやっぱり危険な思考なのだと思う。

私が美しいと思うものも、誰かにとっては醜いものなのかもしれない。
私が醜いと思うものも、誰かにとっては美しいものなのかもしれない。
それを常に認識していることが多分、〝分かり合う〟ということなのだ。


END


「美しい」

6/9/2025, 2:20:00 PM

真面目な人や誠実な人や優しい人が報われるように出来ていないんだろう。


END


「どうしてこの世界は」

6/8/2025, 3:02:01 PM

誰か一人でも歩幅を合わせてくれる人がいたのなら。
あの方の運命は違っていたのかも知れません。

ぬかるんだ田舎道だろうが、岩だらけの山道だろうが、きっと平気だったでしょう。
先に立って追いつくのを待つのではなく、泥に足を取られるのも、岩に躓くのも、一緒に経験してくれたなら。同じ人なのだという安心感で、少しは楽になれたかも知れません。
でも、そうはなりませんでした。
あの方の周りには先に立って追いつくのを待つ者ばかりで、一緒に汚れたり傷付いたりしてくれる人はいなかったのです。

ただ一人、あの方の孤独に気付いた者がいました。
けれど彼が気付いた時にはもう、何もかもが後戻り出来ないところまで追い詰められていたのです。

あなたも知ってのとおり、あの方はそうして全てを失いました。

今、改めて思うのです。あなたという、常に私と歩幅を合わせてくれる友という存在の、かけがえのなさを――。
ありがとう。あなたがいたから、私はあの険しい道を歩く事が出来ました。


END


「君と歩いた道」

6/8/2025, 1:01:08 AM

自慢の子だったんです。

涙を浮かべて母は語った。

艶やかで綺麗な髪、パッチリした大きな目。
滑らかな頬に果実のような唇。
しなやかに伸びる手足で元気に走る子でした。

その子が脱ぎ捨てたであろう白いフリルのワンピースには、真っ赤な染みがついている。

大きなぬいぐるみを抱えてニッコリ微笑む姿は、私の理想の夢見る少女そのもので·····。

母の啜り泣きは止まらない。

どうしてこんな事になったのか、あんなに大事に育ててきたのに。
相棒はそんな母親の肩にそっと手を置いて、慰めるような仕草をする。

〝どうしてこんな事になったのか〟
私は何となく分かったような気がした。
肩を震わせ、両手で顔を覆って泣く母親の口角が、微かに持ち上がっていたのを見てしまった瞬間から――。


END


「夢見る少女のように」

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