その日は朝から大粒の雨が降る、酷い天気でした。
遠乗りの計画は延期になり、王様も王妃様も、どこか物憂げな表情で過ごされていました。
夕方になっても雨はやまず、王妃様は早めに自室に引き上げることになりました。
わたくしは王妃様がおやすみになる為に寝室を整え、湯の準備をしておりました。王妃様は湯浴みの時間をことのほか愛されていたのです。
ざあざあと激しい雨音が城の窓を叩いています。
王妃様が湯を掬う音は、激しい雨音にほとんど掻き消されてしまっていました。わたくしはローブを用意しながら王妃様が髪に塗っている香油の薫りに、うっとりと目を細めていました。
「――」
小さな声が聞こえました。
雨音が弱まったほんの一瞬。
妖精が通り過ぎたのでしょうか、そんな思いがけない静寂が訪れた瞬間でした。
「×××××××·····」
それは王妃様の声でした。
ほとんど囁きのような微かな声で、王妃様はある方の名前をそっと呼んだのです。
わたくしは全てを悟りました。
王妃様が時折見せる、悲しそうな微笑みの理由を。
ですが、一介の侍女に過ぎないわたくしに何が出来るというのでしょう。
湯浴みを済まされた王妃様はわたくしに「ありがとう、気持ちよかったわ」とお言葉をかけて下さいました。
ええ、そうです。
わたくしは王妃様のお心が少しでも癒されるよう、こうした日々のささやかな幸せのお手伝いをする事しか出来ませんでした。
あとは知ってのとおりです。
END
「雨音に包まれて」
6/11/2025, 2:51:18 PM