せつか

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4/8/2025, 2:54:15 PM

あなたとの約束は、かなえられそうにありません。
キラキラした瞳で夢を語ったあの頃は、もう遠い遠い、思い出すのもおぼろげな過去になってしまいました。
今の私はその日その日をかろうじて生きているだけの、同じ日々をただ繰り返すだけの、ゼンマイ仕掛けのロボットのようなものなのです。

努力が足りなかったのでしょうか?
才能が無かったのでしょうか?
それとも、その両方でしょうか?

今となっては分かりません。
あなたとの約束を果たして、再び笑って会える日を楽しみにしていた筈なのに。
もう合わせる顔がありません。

今でもキラキラと輝くあなたは、私にはあまりに眩しくて、電車に乗ろうとする私の足を鈍らせるのです。
窓ガラスに映る疲れ切った顔。
笑おうとして失敗し、歪んだ唇。
よれよれの上着に古びたカバン。
もう身の回りを気にする余裕も無くなりました。

今度、あなたの目に私が映る時には·····あの日の約束通り驚かせることが出来るでしょうか。

さようなら。
私はずっとあなたが大好きで、大好きで··········大嫌いでした。


END


「遠い約束」

4/7/2025, 3:34:10 PM

ウツボカズラの消化液に浸されながら、ハナカマキリに足や腹をもがれながら、虫は何を思うのだろう。

花らしからぬ生態に捕らわれながら、虫らしからぬ生態に捕らわれながら、彼らは互いの生を羨むことも、己の生を嘆くこともない。
誘われて、惹かれて、捕らわれて、死ぬ。
それだけの事だとただ淡々と受け入れているように見える彼らの生き方は、ある意味潔く見える。

そしてそれは、ただじっと獲物が来るのを待ち続ける捕食者にも同じ事が言える。
過剰に望まず、誘って、騙して、待って、捉えて、糧にする。それだけを繰り返す、ある意味見事な生き方。

植物や昆虫の生態を知れば知るほど、美しいとはどういう事か、を考えさせられる。


END


「フラワー」

4/6/2025, 3:05:31 PM

「ピリ・レイスの地図って知ってる?」
「当時発見されてなかった筈の南極大陸の形を正確に描いてるオーパーツ、だろ?」
「そうそう。地図って面白いよね。今の地図もある筈の建物が書かれてなかったり、この線なんだろ? ってのがあったり道が突然途切れてたり」
「ドライバーから言わせて貰えばそういうおかしなのは無い方が有難いけどな」
「GPSとか色々発達して正確な地図が書ける筈なのに、そういう〝不可解〟があるのがめっちゃ面白い」
「おい、話聞いてるか?」
「というわけで、今度の旅行ですが、ここにします!」
「·····この牧場って」
「そ、こないだYouTubeで見たヤバいとこ」
「本気かよ」
「昼間に行くから大丈夫だって。しかもこの地図最新版だよ。ほら、ここ。この新しい道抜けたらこっちの〇〇市に出るから、そしたら海で遊べる」
「うーん·····」
「あれ? 怖い?」
「怖かねえけど」
「ここのホテル、全室オーシャンビューの新しいとこなんだよ。心霊スポット巡った後は海辺のホテルでのんびりしよ」
「温度差」

◆◆◆

「ホントにこの道で合ってんのか?」
「その筈だけど·····、ナビがバグって画面がおかしくなってるよ」
「地図はどうしたんだよ」
「今見てるよ·····うぇっ、なにこれ!?」
「急に大声出すな!」
「めちゃくちゃ乱丁になってる! なんで?」
「はあ?」
「ページが、ってか、道路も何もぐっちゃぐちゃでキモい!! 一昨日までこんなの無かったのに!」
「おい、じゃあ俺ら今どこ走ってんだよ」
「わかんない」
「·····電話! ホテルかどっかに·····」
「ウソでしょ、圏外になってる·····」
「はあ!?」
「怒鳴んないでよ!」
「マジかよ勘弁してくれよ·····」

カエラセテクレ

「何か言った?」
「言ってねえよ!」
「地図が、買ったばっかなのに·····ここどこ? もう帰りたい!」
「それはこっちの台詞だよ! クソ、付き合うんじゃなかった!」

カエラセテクレ

「あ!ナビ戻っ·····!」
「前!」


アア、コレデカエレル·····。



END



「新しい地図」

4/5/2025, 4:27:36 PM

押し付けではないか。
どれくらいの深さか。
替えのきかないものか。
自分をどれだけ犠牲に出来るか。

簡単に言えてしまう言葉だからこそ、その言葉の重みは人によって全く違う。
「好きだよ!」なのか「好きだよ·····」なのか。
軽くてもいい場面と、軽々しく言ってはいけない場面。人の感情を表す言葉だからこそ、使い方が難しい。

「そんな難しいこと考えてんだ」
「難しいよ。言葉は全て、難しい」
「私はね、そんな難しいことを真剣に考えているあなたが好きだよ」
「――」


END


「好きだよ」

4/5/2025, 12:16:48 AM

「桜は好きだけどお花見は嫌い」
彼女はそう言って胡座をかいたままビールを飲んだ。

「なんで」
「だって誰も桜見てないじゃん。レジャーシートでご飯と酒とお菓子広げて、そこにいる人のご機嫌伺いしてるだけでしょ」
「辛辣。でも今は、レジャーシートじゃなくてテントらしいよ」
「知らないよそんなの」
全開の窓から少し冷たい風が入ってくるが、彼女は気にする素振りも無い。Tシャツにショートパンツ、リラックスしきった姿でビールを飲む表情は、楽しげとは言えない。
「桜は綺麗だけどちょっと視線を落とせばゴミ箱のゴミが溢れ返ってるし、ペットボトルはそこらじゅうに捨てられてるし、酔っ払いが大声でがなってるし、あんまりいい印象無い」
俺と出会う前の彼女は仕事をバリバリする〝デキる女〟だったそうだ。でも、その頃の話を聞くと決まって不機嫌になる。「昔の話はしたくない」とも言っていた。花見に対して辛辣なのも、どうやらその時の記憶が原因らしい。

「だから桜は映像で見るからいいの」
モニターにはドローンで撮影した夜桜が幻想的に浮かび上がっている。
山の中に佇む古寺。
そこに一本だけある桜の大木。
険しかった彼女の表情がふわりと和らいで、瞳が揺らめいている。
俺はそんな彼女に背を向けてベランダに出るとタバコに火をつけた。

空には大きな月。
風がカーテンを揺らす。
ベランダに出はしたが、タバコの煙が部屋に入ってしまうかもしれない。
「悪ぃ、タバコ·····」
振り返ると、彼女は胡座をかいた姿勢から膝を抱える姿勢になっていた。
言いかけた言葉を飲み込んで、俺はベランダの手すりに肘を乗せる。

静かな部屋に、ずず、と鼻をすする音がした。


END



「桜」

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