七色の声、というと演技や歌の上手い役者さんを思い出す。手塚治虫の漫画『七色いんこ』も天才的な演技力の持ち主が主人公だった。
七という数字はラッキーセブン、七福神といった良いイメージのものから、親の七光り、七つの大罪といった悪いイメージのものまで、色々な意味を持つ。
「七は孤独な数字」と言う言葉は昔読んだミステリィであった言葉だ。
七色の声、虹の七色、七色の人生·····。
色々な意味を持つ七。七色という言葉は、世界のあらゆるものを内包し表現する言葉なのかもしれない。
END
「七色」
思い出したくない記憶の方が多い。
学校生活も、家族との関係も、友人との思い出も、良かった事はあまり残っていない気がする。
それとも楽しい記憶と嫌な記憶では、嫌な記憶の方が残りやすいのだろうか?
専門家ではないから分からない。
楽しい記憶、良かった記憶だけ残ればいいのに、とも思ったけれど、そうなると多分人は学習しなくなるのだろう。
嫌な記憶ばかりにあまり引っ張られないようにしたいけれど、これがなかなか難しい。
END
「記憶」
「もう二度とこのような事が無いように、感謝の心を持って日々精進して参ります」
そんな言葉の裏で舌を出して笑っているのを、もう何度も見てきた。
御託を並べるのと屁理屈を捏ねるのだけは上手い大人達。大人だけじゃない。男にも女にも、子供にも年寄りにも、そういう奴は一定数いる。
もう何度、その言葉に騙されて、裏切られてきたことだろう。
〝仏の顔も三度〟
〝親しき仲にも礼儀あり〟
この言葉を最初に考えた人はよほど腹に据えかねたことがあったのだろう。
でも、その感情はきっと正しい。
もう二度と舐められることがないように。
私も、覚悟を決めたから。
END
「もう二度と」
濃い灰色をした雲が、低く垂れ込めている。
重い色をしたそれは、街という生き物の呼吸を妨げる真綿のように俺の目に映った。
「·····しまった」
そこまで考えて、カーテンが開けっ放しだったことに気付いた。
向かいのビルはここより背が高い。慌ててそちらに視線を向けるが、びっしりと並んだ窓ガラスは固く閉ざされて、こちらに注意を向ける者の姿は無かった。
「·····」
安堵の息をつき、振り返る。
部屋中真っ赤な飛沫が飛んで、ベッドと言わずテーブルと言わず、何もかもを汚していた。
床に落ちたナイフを拾い洗面所に向かう。
丁寧に汚れを洗い落とすと少し思案して、そのまま小さな窓から投げ捨てた。
続けて自分の手も洗う。何だか妙に楽しくなって、俺は鼻歌なんかを歌い出していた。
ジーンズで雑に手を拭いて鏡を見ると、幸いな事に服にはシミ一つ無かった。
――部屋はあんなに汚れてしまったのに。
『今夜は十一時過ぎ頃から雨になるでしょう』
いつものお姉さんの声が天啓に聞こえる。
俺は再び部屋に戻るとリモコンを探し当ててテレビを消した。静寂と共に壁際に現れた四角い灰色が、ぽっかり空いた穴のようだ。
お姉さんの予報が当たっているならあと二時間もすれば雨が降り出すだろう。その頃には俺はもう海の上だ。
「·····あはっ」
思わず声が出る。
「じゃあな、おやすみ」
俺は目の前に転がる物体に最後の挨拶をすると部屋を出て、しっかりと鍵をかけた。エレベーターに向かいかけたが思い直し、非常階段へと歩き出す。
階段を一段飛ばしに降りながら、手にした鍵を放り投げた。
一階に辿り着き空を見上げると、灰色の雲がうねるように広がりその密度を増していた。
「今日は殺すのにもってこいの日だ」
歌うように俺は言って、クソみたいなこの街に別れを告げた。
END
「雲り」
カラフルなペンで書かれた丸っこい字。
ほぼ毎日会っているのに何をそんなに、と言うくらい何枚もファンシーな便箋を使ってやり取りは続いた。
だいたいはその時ハマっていたいわゆる〝推し〟のこと。でも時々、ひどく真面目な話もした。
カラフルなペンで、丸っこい字で。
家族や学校、職場での悩み。自分の心や体のこと。
ギクシャクした日の謝罪。
それはメールやSNSで今もやっていることではあるけれど、手紙として形に残っていない分、記憶から消えてしまうのも早いだろう。
真面目な事でも、推し語りでも、どんな事を書いても締めは「じゃあまたね、bye bye·····」。最後には開いた手のイラストを添えていたと思う。
ネットもSNSも無いあの頃。
クセのある自分の字は今ほど嫌いではなかった気がする。書かれた文字も、内容も、今とそれほど大差はない筈なのに、どうしてこんなにも愛おしく懐かしく思えるのだろう。
重ねた年のせいなのか、それとも手掛けた手間の差なのか。
久しぶりにペンと便箋を取り出してみようかと、なんとなく思った。
END
「bye bye ·····」