会話はいつも最低限。
社交辞令と情報伝達だけ。
いつも不機嫌そうに眉間に皺を刻んで、きつい視線を私に向けて。
そうして要件だけ言い終わるとくるりと背を向けてさっさと行ってしまう。
そんな君の背中を、ずっとずっと見続けてきた。
本当は去っていく君の背中を呼び止めて、きちんと向き合って話がしたかった。
君が何に怒っているのか。
君が何を大切にしているのか。
あの時面と向かって話し合って、思いをぶつけ合えていたなら、もしかしたら違った結末もあったのかもしれない。
そうだね。
私達は圧倒的に会話が足りなかった。
思い込みと、勘違いと、嫉妬と、自己犠牲。
そんなものに酔って、目を曇らせて、本当に望むものを知ろうとしなかった。荷物を分け合うということをしなかった。
だから今度は、もう間違えない。
今度は君の背中を呼び止める。
君の望むものを、本当の気持ちを、受け止める。
今度こそ、私は――。
END
「君の背中」
一級河川の橋を一つ越えるだけで「遠い·····」と思ってしまうから、旅は大仕事になるんだよね。
でもどこか行きたい願望だけはある。
END
「遠く·····」
「これはごく限られた、目覚めた人しか知らないこの世界の秘密なんだけれど·····」
そんなことを真顔で言う彼に、こちらも至極真面目な顔をして問うた。
「目覚めた人しか知らない秘密をどうして貴方が知ってるの?」
「僕はその目覚めた人なんだよ」
「目覚めたってことは、今まで寝てたの?」
「えっ」
「私と出会って、友達になって、勉強や季節の行事や遊びや、色々していた時も寝てたの?」
「いや、それは·····」
「何に目覚めたの? 世界の秘密って?」
「この世界のあらゆるものを裏で操ってる組織があるんだよ」
「それを知ってどうするの? 会う人会う人みんなにその話をして、信じない人を見下して、バカにして、みんなと距離を置いたり喧嘩するの?」
「君もそうやってバカにするのか!?」
「バカにしてるんじゃないよ。〝目覚めた〟なんて、今まで私と作ってきた思い出や感情を愚かなこと、みたいに言ったのはそっちじゃん」
「·····そうだよ。僕がこんなに報われないのは、自分達の利益の為に世界を裏で操る奴等がいるからだよ。みんなソイツらに踊らされてんだよ」
「貴方がそう思うなら勝手に思ってればいいけど·····」
「なんだよその言い草は!?」
「世界に秘密なんてないよ」
呟いて背を向ける。
彼が何か喚いているけれど、私にはもう聞こえない。
世界に秘密なんてない。
誰も知らない秘密を彼のようなしがない一市民が知るわけがない。
〝誰も知らない〟とは本当にこの星に生きる誰もが〝知らない〟ことなのだから。
振り返ると、彼はもう小さな点になっていた。
体が溶ける。
不定形の、どろりとしたモノになったワタシは滑るように道を進み、壁を伝い、電柱のてっぺんに到達する。
「·····」
意識を集中させる。
翼が出来た。次は体。普通は逆なのだろうが構いはしない。胴体が出来、両腕、両足が生えてきて·····
「よいしょっ、と」
最後にポコンと、頭が出てきた。これでよし。
翼を二、三度はためかせ、ワタシは電柱から飛び立つ。
「さよなら」
ワタシという生命の正体に、ただの一人も気付かなかったこの星の人達。
見上げれば、この星をぐるりと取り囲む一筋の光の帯。
――あぁ、このラインも彼等には見えないんだっけ。
END
「誰も知らない秘密」
しんしんと雪が降り積もった日の朝は、音が少ない気がする。
車のエンジン音や新聞がポストに投函される音、電線に止まっている鳥の声や、朝ゴミ出しをしているご近所さんの挨拶する声、そういった生活音がまるっきり聞こえなかったりすることもある。
雪が音を吸収しているからだろう。
カーテンを開いて外の景色を見る。
ゆっくり昇ってくる朝日は、確かに時間が進んでいることを教えてくれる。
それでも音は聞こえない。
無声映画の世界にでも紛れ込んでしまったようだ。
静かな世界は雪解けと同時に音を取り戻す。
この静けさが心地よいと感じるのは、普段喧騒に包まれているからで、音が無い世界に生きている人はまた違った感慨を抱いているのかもしれない。
そんなことをふと思った。
END
「静かな夜明け」
例えば楽器の演奏とか、二人以上でやるスポーツであるとか。そういうものに携わった経験のある人なら、その瞬間も分かるのだろう。
いわゆるハモりのように。
パズルのピースがはまるように。
誰かと心と心が通いあう。
そんな瞬間が訪れる。
その喜びはなにものにも替え難いものなのだろう。
私には、夢のように遠いものだ。
END
「heart to heart」