あの男は終わりを見届けることは出来るが自分では終わらせられないんだ。
あらゆる者が自分の望む物語の結末を求めて、あの男に自分の理想を押し付ける。
ある者は理想の恋人を。
ある者は理想の騎士を。
ある者は最高の友を。
そしてある者は憎むべき怨敵を。
そうやって自分の望む結末が得られるまで、世界はあの男を振り回す。
終わらないんじゃない。終わらせられないんだ。
自分の意思で動いているように見えるが、その実なにかに動かされているだけなんじゃないかと、思うことがある。
自身に生まれた恋心さえ·····。
「ずいぶん同情的だねえ」
鏡のように静まり返った湖を見ながら、男が呟く。
黒髪の男はそれには答えず、つまらなさそうに湖を見つめたまま、微動だにしない。
「その、物語を終わらせられない彼が選んだ結末が〝コレ〟とはね」
最後に会ったのはいつだったか。
声に覇気は無く、それでもこの結末を選ぶような諦観は感じられなかった。
それすらもこちらが都合よく思い込んでいただけだろうか。
「お前は知っていたんじゃないか?」
「さあ·····どうだろうね」
「どうせまたすぐに会うことになる」
「さて、〝次〟はどんな風に出会うのかな」
「いい加減終わらせたいのは私も同じなんだがな」
「そう簡単には終わらないよ。〝彼女〟は永遠が好きだから」
「·····忌々しい」
湖は何も応えず、ただ静かに凪いだままだった。
END
「終わらない物語」
真夜中。彼はふらりと起きてきて、「帰らなければ」と呟いた。
窓の外には大きな月。
夜の風が滑るように入り込み、窓辺に佇む彼とその背中を見つめる私の体を冷やしていく。
赤赤と燃える暖炉の火が途端に現実味を無くし、部屋の中にいるというのに寒々とした感覚に襲われる。
「今夜はもう遅いから、明日送りますよ」
そう言うと、開いた窓に手をかけたまま、彼は首だけをゆっくり巡らせる。
その瞳はどこか虚ろで、昼とはまるで違うその表情に、私は微かな戦慄を覚える。
「そうだね·····じゃあ、お言葉に甘えようかな」
静かな声は入り込んできた冷たい風にかき混ぜられて、いつもより不鮮明に聞こえる。
「冷えてきましたね。さぁ、窓を閉めて。もう寝ましょう」
彼はうん、と頷くと、素直に窓を閉めて寝室へと向かう。――私の横を素通りして。
「おやすみなさい」
「·····おやすみ」
彼の背中を見送って、私は窓へと視線を向けた。
ガラス越しに月が照る。窓を閉めたせいか、もう冷たさは感じない。
紅茶はすっかり冷めてしまったが、淹れ直す気にはなれずぬるいままのそれを飲み干す。
帰るべき彼の故郷はもう既に無い。
美しかった湖は埋め立てられ、屋敷は壊され、花園は焼き払われた。守るべき家族も、領民も、今はもう死んだか散り散りになっている。
その光景を、彼はその目で見た筈だった。
忘れてしまったのか、認めたくないのか。
彼は時折真夜中になると起きてきて、故郷に帰ろうとする。今夜のように。
その度に私は彼に嘘をつき、宥めて眠るよう促す。
罪滅ぼしのつもりなのか、自分の心を直視したくないのか。
私が彼の故郷を奪った張本人だと、彼自身も分かっている筈なのに。
彼の深夜の彷徨が、演技でないと何故言い切れるのか。
やさしい嘘で慰められているのは·····私の方なのかもしれない。
END
「やさしい嘘」
男性歌手の歌しか浮かばなかった(笑)。
「瞳をとじて」
ギフトには二つの意味があるという。
一つは贈り物。
一つは、毒。
たとえ望んで与えられたものだとしても、それが自分にとって毒になるか薬になるかは分からない。
幸福をもたらすものを望むか、毒になり得るものを望んで自らを戒めるか、それともそのどちらになるとも知らぬままそれを望むか。
〝祝福をあたえよう〟
その言葉の真の意味を、よくよく考えければならない。
その贈り物を与えられた時、何がもたらされるのか。
薬になるのか毒になるのか。
枷になるのか剣になるのか。
よくよく考えて答えなければならない。
そうして私が出した答えは·····
END
「あなたへの贈り物」
とある樹海では磁石がきかなくなるらしい。
そう本に書いてあったけど、実際に行ったわけではないから分からない。
別の本には磁石がきかないというのは都市伝説だ、とも書いてあった。
どちらが正しいかは分からない。
もし私がこれから樹海に行くとしたら、果たしてどちらを信じるだろう?
指針となる何かは私の中にあるだろうか?
方向を定め、道を選び、進む為のみちしるべ。
誰かの言葉、験担ぎ、蓄えた知識。
私の羅針盤はなんだろう。
そしてその羅針盤は、どれだけ信用出来るのだろう。
積み重ねた何もかもが、これからの糧にもなる。
他者を、自分を、信じるに足るだけのものを積み上げられているか。
こんな時、人生を荒波に例える妙を思い知る。
END
「羅針盤」