せつか

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10/14/2024, 3:44:04 PM

「そんなに高く飛んでどこへ行こうというのです?」
「誰の手も届かないところへ。誰からも見られないところへ」
「愛したひとのそばを離れて?」
「僕が愛したひとは僕を見てなんかいなかった。彼女は自分以外ただの一人も見ていない。自分以外ただの一人も愛せない。そんな彼女にとって、僕のおぞましい姿は視界に入れる事さえ嫌な事なんだ。だから僕は、彼女の目の届かないところへ行く」
「たった一人で?」
「生まれた時から僕は一人だ。泥に埋もれたままずっとずっと、長い時を一人で生きてきた。彼女と過ごした一瞬が、特別だったんだ」
「その特別を、永遠のものにしなくては」
「君には分からない! 誰からも愛され、称えられた君には!」
「でも、私も·····本当に愛したひとを幸せにする事は出来ませんでした」
「·····君はっ」
「私は間違えた。罪を犯した。でも·····彼女の為に心を焦がし、魂を燃やした事自体を、私は間違っていたとは思いません」
「誰が·····、誰が僕のようなおぞましい生き物を愛してくれる!? 彼女だって·····」
「たとえ一瞬だったとしても、その時の優しさや笑顔は、本物だったのでしょう? 」
「――」
「あなたを空へと向かわせたのも、それが真実だと知っているからでしょう?」
「何を·····」
「私には·····あなたをそばに置き続けることはあなたの本当に美しい姿を閉じ込めてしまうことになるのだと、その方が気付いたからのように思います」
「本当に、美しい姿·····?」
「なにものにも縛られず、自由に空を舞う姿。あなたのその姿は、美しく見えこそすれ、おぞましいものには到底見えません」

――高く高く。
――どこへでもいってしまえ。
(愚かな私の手など離れて)

「もう、遅いよ」
「そうでしょうか」
「僕は彼女の手を離した。僕は彼女の元を離れた。もう守ってあげられない。もう地上へは帰れない」
「あなたが信じたその方の眼差しは、今もあなたを捉えているのでは?」

――あぁ、そうだ。
僕は愚かで、美しくて、残酷な·····優しい君を、愛したんだ。

「もっと早く、君に会えていればよかった」
「そうですね」
「さよなら。私と同じ名前の君」
「――」

どんなに愚かなことでも貫き通せば真実になる。
彼女の笑顔を、彼女の眼差しを、彼女の優しさを、たとえ嘘だと分かっていても、僕自身が信じ通していればよかった。
あぁ、空が、まるで燃えるように真っ赤だ·····。


END



「高く高く」

10/13/2024, 2:14:18 PM

無邪気に親の後をついて歩いていたあの頃には戻れない。子供のように大人は凄い、大人は偉いと無条件に信じるには、汚れたものを見過ぎてしまった。
〝いい大人〟になってしまった私は、親も、先生も、店員さんも、ただ真面目なだけでは、ただ誠実なだけでは生きていけないことを知ってしまった。

そうして親も、失敗もすれば逃避もする、間違えることもあれば癇癪を起こすこともあるただの人間だと思い知ってしまった。

もう子供のように無条件に親を信じる事は出来ない。
けれど同じ〝大人の目線〟で、寄り添うことは出来るから、今度はそんなつきあい方をしていこうと思う。


END


「子供のように」

10/12/2024, 3:15:45 PM

学校の怪談を検証した。

トイレの花子さん、体育館の天井にいる何か、校庭を走る二宮金次郎、コンクリートで出来た山の遊具(〝なかよし山〟という名前がついていた)に潜むモノ、夜に鳴る音楽室のピアノ·····あと一個、何かあった気がするけど忘れてしまった。

放課後、学校中を歩いて怪談が本当か確かめた。
音楽室のピアノだけは夜だから確かめられなかった。
他はどれも、それらしき音や物や気配があって、キャー!と叫びながらその場を離れた。

トイレの花子さんは学校の近所にその子の家だという建物さえあった。(じゃあ花子さんはただこの学校の生徒だった、という事なんじゃないだろうか?)

あれ?
··········。
··········。


誰と検証したんだっけ?


END


「放課後」

10/11/2024, 3:50:19 PM

別荘からは対岸のお屋敷がよく見えました。
一階は広間か食堂と思われる一面ガラス張りの部屋から湖にせり出す形でテラスが伸び、二階は個室が並んでいるらしく小さな窓が三つありました。
どの部屋の窓も重そうなカーテンで仕切られ、中の様子は分かりません。私は自分に与えられた部屋から時折そのお屋敷を眺めては、カーテンが開いたらどんな人が顔を出すのだろう、どんな部屋が広がっているのだろうとよく想像していました。

蔦が絡む薄暗いお屋敷。
気難しい人が住んでいるというお屋敷。
ですが私にはそこが、慣れ親しんだ物語に出てきた、魔法使いの住むお屋敷に見えたのです。
夥しい数の本、並んだ薬瓶、梁にぶら下がる干した植物、音も無く歩く黒猫、フードを被って静かに歩く老人、もしくは美女·····常に閉ざされたままのカーテンは、湖の雰囲気と相まって私のそんな想像をかき立てるだけの神秘さを湛えていました。

別荘に来て十日ほどが過ぎた頃でしょうか。
ある日の夕方のことでした。

蔦が絡むお屋敷の、二階に三つ並んだ部屋。
その真ん中にある窓のカーテンが、開いていたのに気付いたのです。
「·····」
私は驚き、自分の部屋の窓に肘をついてじっとそこを見つめました。誰か、何か見えるかも知れない。そんな期待に胸を膨らませました。
――ええ。今にして思えば不躾で、無作法だったと思います。よその家の中が見たいだなんて。
でも、子供だった私はそんな事を考えられるわけがなく、ただ己の好奇心だけで突き動かされていたのです。

やがて日が沈み、月明かりが湖を照らすようになりました。左右に開かれ、留められたカーテンの裾が湖を渡る風に微かに揺れています。
「――」
そこで私は見たのです。
シンプルなドレスシャツに身を包み、物憂げな様子で湖面を見つめる美しいひとを――。


END

「カーテン」

10/10/2024, 3:13:34 PM

涙の理由など、数え上げればキリがなかった。
視界に入ることの出来ない孤独
浴びせられる言われなき中傷
周囲と比べて抱く孤立と劣等感
泣くなという方が無理な環境で、それでも彼女は最後まで、私以外の誰にも涙を見せることは無かった。

◆◆◆

「どうしましたか?」
「·····あぁ、ごめん。太陽が、眩しくて·····」
強い光は周囲を白く輝かせ、決然として立つ彼の姿を黒く濃く際立たせる。微笑むことも泣くこともないその姿に、私は不意に溢れてきた涙を抑えることが出来なかった。

◆◆◆

「どうした?」
「いや·····電気が全部消えるとこんなに暗いのかと、思って·····」
音も無く、光も無い世界は自分の姿すら曖昧で、闇に溶けてしまったかのような錯覚に陥る。暗黒の中でシニカルに笑うその姿は、私に泣くことすら出来ない孤独を伝える。

◆◆◆

泣けない者達ばかりの世界で私はただ一人きりで涙を流す。
みんな孤独で、みんな寂しくて、みんな意地っ張りだった。


END


「涙の理由」

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