せつか

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別荘からは対岸のお屋敷がよく見えました。
一階は広間か食堂と思われる一面ガラス張りの部屋から湖にせり出す形でテラスが伸び、二階は個室が並んでいるらしく小さな窓が三つありました。
どの部屋の窓も重そうなカーテンで仕切られ、中の様子は分かりません。私は自分に与えられた部屋から時折そのお屋敷を眺めては、カーテンが開いたらどんな人が顔を出すのだろう、どんな部屋が広がっているのだろうとよく想像していました。

蔦が絡む薄暗いお屋敷。
気難しい人が住んでいるというお屋敷。
ですが私にはそこが、慣れ親しんだ物語に出てきた、魔法使いの住むお屋敷に見えたのです。
夥しい数の本、並んだ薬瓶、梁にぶら下がる干した植物、音も無く歩く黒猫、フードを被って静かに歩く老人、もしくは美女·····常に閉ざされたままのカーテンは、湖の雰囲気と相まって私のそんな想像をかき立てるだけの神秘さを湛えていました。

別荘に来て十日ほどが過ぎた頃でしょうか。
ある日の夕方のことでした。

蔦が絡むお屋敷の、二階に三つ並んだ部屋。
その真ん中にある窓のカーテンが、開いていたのに気付いたのです。
「·····」
私は驚き、自分の部屋の窓に肘をついてじっとそこを見つめました。誰か、何か見えるかも知れない。そんな期待に胸を膨らませました。
――ええ。今にして思えば不躾で、無作法だったと思います。よその家の中が見たいだなんて。
でも、子供だった私はそんな事を考えられるわけがなく、ただ己の好奇心だけで突き動かされていたのです。

やがて日が沈み、月明かりが湖を照らすようになりました。左右に開かれ、留められたカーテンの裾が湖を渡る風に微かに揺れています。
「――」
そこで私は見たのです。
シンプルなドレスシャツに身を包み、物憂げな様子で湖面を見つめる美しいひとを――。


END

「カーテン」

10/11/2024, 3:50:19 PM