12時で解ける魔法なんて、なんの意味があるんだろう。ガラスの靴なんて歩きにくいことこの上ない。
真夜中だって美味しいもの食べたいし、朝からお酒飲みたい時だってある。
「勤務時間は〇時~〇時」
「夜〇時以降の間食は良くない」
「睡眠は〇時間必要」
「〇〇に最適な時間は午前〇時」
「予約時間枠:〇時~〇時」
なんでこんなに時間に縛られるんだろう。
時計の無い世界ってどんな感じなんだろう?
「朝日と共に起きてきて、夕日の前に寝てしまう」って、何かの歌にあった。
お日様と、鳥の声と、月の光。時を告げるものがそれだけの世界はきっと、時間の流れも私達の生きる世界とは違うのだろう。
ちょっとだけ、憧れる。
――ほんのちょっとだけ、ね。
END
「時を告げる」
砂浜で綺麗な形の貝殻を見つけた。
白い巻貝。綺麗な螺旋と棘がアート作品のように見えるそれ欠けたところも無く、中を覗くと艶めいた銀色だった。
よくこういう貝殻を耳に当てて、潮騒を聞くシーンが漫画や映画にあるけど、私は昔からそれが何だか怖かった。
貝殻の中から聞こえる音が、波の音じゃなかったらどうしようと、そんな事を考えてしまうからだ。
大きくなって読んだ本で、あれは波の音では無いと書いてあるのがあった。その時は「なんだ、そっか」で済ませたけれど、じゃあみんなは一体何を聞いているんだろう? 何が聞こえているんだろう? そう考えたらやっぱり怖くなった。
拾った貝殻は、本当に綺麗な形をしていて。
こういうのを拾ったら、やっぱり耳に当てるシーンが思い浮かんで。
たまにはそんな、ベタだけど絵になるシーンを自分でもやってみたくて。
ドキドキしながら耳にそっと貝殻を押し当ててみる。
「·····」
コォ、と何かが響いている。そのまましばらく耳を澄ましていると――
「ソレ、ワタシノカラダ」
およそこの世のものとは思えない声がした。
END
「貝殻」
雨上がりに草の先につく玉の露。
凍てついた冬の夜空に輝く星。
ビル街の片隅で弱々しく明滅する電球。
かさついて荒れた指先に丁寧に塗られたネイル。
天敵から逃れようと必死に花の中に潜る虫の羽根。
小さな子供が大事そうに抱えた人形の、プラスチックで作られた丸い瞳。
幼い子供に自分の食事を分け与える母の綻んだ唇。
そういったものを見つけられる人なのだろう。
そんな些細な、小さなきらめきを見つけられる人だから、誰もが惹き付けられるのだ。
恋なのか、愛なのか。それにどんな名前をつけるのが正解なのか、それは誰にも分からないけれど。
小さなきらめきを見つけられる彼だから、見つけてくれる彼だから、彼自身もまた美しく輝いて見えるのだ。
そんな彼の背中を見つめて、私はそのきらめきの眩さに俯くことしか出来なくなるのだ。
END
「きらめき」
好きな色、好きな季節、好きな料理、好きな本。
嫌いな食べ物、苦手な動物、苦手な家事。
何でもいいから知りたい。
興味のあること、ついやってしまう癖、後回しにしてしまうこと、子供の頃のあだ名、家族構成。
どんなことでも教えて欲しい。
些細なことでも構わないのです。
私の中にある真っ白なノートを、貴方で埋めつくしたいのです。貴方という存在は、私にとって謎だらけで。生涯をかけてでも貴方という存在を解読したいのです。
これが多分、最後の恋なんです。
だから·····ストーカーなんて言わないで。
END
「些細なことでも」
色々な事にイライラして、体のあちこちが重くて、何もやる気が起こらなくて、明日が来ることが憂鬱で、でもずっと寝てるわけにもいかなくて、自分の顔から表情が無くなっていくのが分かって、火が消えそう、というのはこういう事なんだろうと思う。
人の寿命が蝋燭の火で表現されてるのは落語の「死神」だったか。
蝋燭の火というのは目に見えて現れる老いや病や傷だけじゃなく、心がすり減っていくことも表現してるんじゃないかと思う。
消えそうな蝋燭に何を継ぎ足せばいいのだろう?
美味しい食事、充実した余暇、寄り添ってくれる友。
そういったものを少しずつ継ぎ足して、もう一度火を強くすることが出来れば、また一歩踏み出せる。
とりあえず夜中にスイーツでも食べて、切り替えますか。
END
「心の灯火」