あの頃の私へ。
夢は見ない方がいいよ。
END
「あの頃の私へ」
「逃げられないよ」
笑い声。
「いや、逃げる必要なんか無いんだ」
からかっているような、甘やかしているような。
「言ったろう? ここは夢の中だって」
足に何かが絡みつく。
「君に相応しい花があったからね」
地面から伸びた蔓に白く小さな花が咲いている。
中心が紫のその花は、可憐な見た目に似つかわしくない強さで彼の足を縛り付ける。
「逃げなくていいんだよ」
白い花を咲かせた蔓は彼の両足を縛り付け、その場から動けなくしてしまう。
「どこにいようと、君は逃げられない」
柔らかな声は楽しんでいるようで。
「だって君、人でないモノに愛されて、人でないモノに護られてずっと生きてきたじゃないか」
楽しげな声。
「君が望むと望まざるとに関わらず、君は人でないモノが惹かれるように出来てしまっているんだよ」
力が抜ける。やがて膝をついた彼に、声は耳元で唆す。
「だから、ねえ」
蔓はいつの間にか足と言わず、腕と言わず、全身に絡みつく。
「夢の中でくらい、私の相手をしておくれよ」
彼は何も言えないまま、やがて全身の力を抜いていく。
「その花の花言葉は〝甘い束縛〟。夢で出会う君に、私からの贈り物だよ」
人でないモノの目をした男は、そう言って楽しげに微笑んだ。
END
「逃れられない」
満面の笑みを浮かべてあなたは言う。
「お疲れ様、また明日!」
私はぺこりと頭を下げて、帰り支度を始める。
「明日は土曜日だから私は休みだよ、バーカ」
心の中でそう毒づく。
満面の笑みを浮かべたあの女は要領が良くて、上手く立ち回ってラクしようとする。仕事を頼んでも屁理屈を捏ねてやらずに済まそうとしているのを知ってる。
他人の失敗にはぐちゃぐちゃ文句を言う癖に、自分は中途半端な仕事をしていることを知ってる。
そしてそういう人間に限って上司ウケがいいことを知ってる。
なにが「また明日」だ。
私はいつも「異動にならねーかな」って思ってるよ。
END
「また明日」
水には色は無いはずなのに、青に白を混ぜた色に「水色」という名前が付いている。
青と白を混ぜた色に水色という名前を付けた人は、何を見てその名前を付けたのだろう?
水は本来透明で、色なんか付いてない。
海の色は青く見えるけど、掬ってみればそれが水の色では無いことはすぐに分かるはずだ。
でも、あの色が「水色」と呼ばれることに、私は何の違和感も抱いていない。指に触れた時の冷たい感じや、目に映る涼やかな感じは、確かにあの色が相応しいと思えるからだ。
塗り絵なんかをしていると、透明なガラスにも水色を使ったりするし、水面を表すのにもやっぱり水色を使うし、誰もそれに違和感を抱かない。描かれた水の色を頭の中で透明に変換しているのだろうか。
だとしたら人間の頭の中って不思議だ。
END
「透明」
私の目に映るあなたは、決して理想なんかじゃない。
SNSで見る文章はたまに「言葉がキツイな」って思う時があるし、社会に対する見方は私と真逆な時がある。私生活のダメなところも知ってるし、ぶっちゃけたまに引く時もある。
でも私は知っている。
スイッチが入ったあなたは、徹底したプロフェッショナルだということ。
画面越しに聞くたった一言で、私の心を鷲掴みにする瞬間があること。
伸びやかな、透明感のある歌声で泣きそうになってしまうこと。
その一瞬、あなたは私が大好きな理想のあなたになる。
私はその一瞬のために、あなたを追いかけ続けている。
END
「理想のあなた」