今までで一番ショックだったのは、ビデオデッキが壊れた時かなぁ。知ってる? ビデオデッキ。
再生しようと思ったら、急にうんともすんとも言わなくなって、慌ててテープを取り出そうとしたらデッキに絡んでうにょーって出てきたの。
大好きなアニメを録画したテープだったから、もうショックでショックで、泣きながら絡んだテープをハサミで切った覚えがある。
後は、スーパーファミコンとプレイステーションのセーブデータが消えちゃった時。もうラストダンジョン入ったとこで、長い旅があと少しで終わるってところだったのに消えちゃって、泣く泣く最初からやり直した。あの時は頭が真っ白になったなあ。
え? 人? うーん·····、同級生が転校した時も、好きだった作家が亡くなったってニュースで見た時も、別に·····。
END
「突然の別れ」
『恋愛小説』が苦手だ。
密室の謎を解く推理小説の中に恋愛の要素があるとか、仇討ちがメインの時代小説の中に恋愛の要素があるとか、そういうのなら楽しく読める。
でも、恋愛がメインで初めから終わりまでずっとその話しかしていない物語や主人公には、どうしても入り込めない。
四六時中恋をしたいと言ってるキャラクターとか、恋愛を他の何よりも素晴らしい至上のモノ、みたいに表現している物語は、なんだか怖いのだ。
そこまで素晴らしいモノなのだろうか?
一人の人間にそこまでのめり込めるモノなのだろうか?
リアルな人間とうまくコミュニケーションが取れない私は、たとえフィクションの中でもそういった人との繋がりを求める人達に、恐怖と同時に憧れを抱いているのかもしれない。
END
「恋物語」
「おねーさん、こんな夜中にどこ行くの?」
トレンチコートを着た長い髪の女が佇んでいる。その傍らにはおかっぱ頭の女の子。
「·····私?」
「おねーさんしかいないじゃん」
女が振り返る。大きなマスクで口元を隠した女は、声の主を探して視線を下げた。
「なんだアンタか」
「久しぶりなのにひでー言い草」
人の顔をした犬はそう言って女を見上げる。
犬はみるみる伸び上がり、女とそう変わらない背丈の男の姿になった。膝の辺りまで隠れる、血のような真っ赤なマントを羽織っている。
「で、マジでどこに行くの? 貴女の時間はもうちょっと早い〝夕暮れ時〟だった筈でしょ?」
女はしばらく夜空を見上げ、ポツリと呟いた。
「そろそろ潮時かなと思って」
「みんなスマホに夢中で少し前の暗がりに誰がいるかなんて気にも留めない。見知らぬ人に声を掛ければ不審者扱い、おまけに夏にトレンチコート着てようが、ワンピース着てようが構いやしない」
女はいつの間にか白い帽子に白いワンピース姿になった。背丈も男より遥かに高くなっている。
「ぽっ」
「トイレだってそうだよ」
おかっぱ頭の女の子が声を上げた。
「センサーで電気がつくから綺麗で明るいトイレになって、私が隠れられるところなんか無くなっちゃった」
白いブラウス姿だった女の子は、真っ赤なベストを羽織っている。この姿なら「ちゃんちゃんこ」と言うべきだろう。
「まあねえ·····」
男は答えて、羽織っていたマントをばさりと翻した。
「イマドキ〝赤マント〟なんて怖がられるどころか〝ぶっ飛んだファッションセンスの人〟で済んじゃうからなぁ」
「私達の居場所はもう本の中だけになるかもね」
「ほっといてくれよ」
犬の姿に戻った男が呟く。
「昔は俺の専売特許だったんだけどなぁ·····」
「アンタも身の振り方考えた方がいいよ」
トレンチコートに戻った女が見下ろしながら呟いた。
「あ、みんなでタクシー乗る?」
「タクシーも今はドライブレコーダーでみんな録画されてるよ」
「ダメかぁ」
「·····ところで、なんで付いてくるの?」
「いいじゃん、みんなで行こうよ」
女と、女の子と、犬。
真夜中にそぞろ歩く二人と一匹。
彼等がどこに行ったのか、誰も知らない。
END
「真夜中」
本当に何でもした人を、一人知っています。
彼は静かにそう切り出しました。
本当に何でもしていた。
罪人と間違えられるような事でも躊躇なくして、愛する人を救い出していました。
愛する人に笑って貰う為に、道化のような真似もしていた。
はたから見れば愚かとしか言えませんでしたよ。
だって〝叶わぬ恋〟だったんですから。
それでも·····いえ、それなのに、と言うべきでしょうか。彼の清廉さは一欠片も失われていなかった。
怖かったのです。
私は·····いえ、私達は。
愛に狂っているかと思えば清廉で、冷静沈着かと思えば情熱的で。そんな、相反する在り方を同時に内包出来る彼という人間が·····怖かった。
ずっと傍にいたのに、ね。
そう言って笑った彼の目が、ここではないどこか遠くを見ているような色を滲ませていたのは、気のせいではないと思いました。
END
「愛があれば何でもできる?」
月末になると大体感じる。
「あの時追加でデザート頼むんじゃなかった」とか、「夕飯のおかずのグレードを上げなきゃよかった」とか、「可愛いからって百均でシールの衝動買いなんかしなきゃよかった」とか。
毎回毎回、カツカツになると後悔する。
〝働けど働けど我が暮らし楽にならざり〟は真実なんだよなぁ。
END
「後悔」