「逃げられないよ」
笑い声。
「いや、逃げる必要なんか無いんだ」
からかっているような、甘やかしているような。
「言ったろう? ここは夢の中だって」
足に何かが絡みつく。
「君に相応しい花があったからね」
地面から伸びた蔓に白く小さな花が咲いている。
中心が紫のその花は、可憐な見た目に似つかわしくない強さで彼の足を縛り付ける。
「逃げなくていいんだよ」
白い花を咲かせた蔓は彼の両足を縛り付け、その場から動けなくしてしまう。
「どこにいようと、君は逃げられない」
柔らかな声は楽しんでいるようで。
「だって君、人でないモノに愛されて、人でないモノに護られてずっと生きてきたじゃないか」
楽しげな声。
「君が望むと望まざるとに関わらず、君は人でないモノが惹かれるように出来てしまっているんだよ」
力が抜ける。やがて膝をついた彼に、声は耳元で唆す。
「だから、ねえ」
蔓はいつの間にか足と言わず、腕と言わず、全身に絡みつく。
「夢の中でくらい、私の相手をしておくれよ」
彼は何も言えないまま、やがて全身の力を抜いていく。
「その花の花言葉は〝甘い束縛〟。夢で出会う君に、私からの贈り物だよ」
人でないモノの目をした男は、そう言って楽しげに微笑んだ。
END
「逃れられない」
5/23/2024, 3:35:12 PM