せつか

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4/29/2024, 2:26:31 PM

何もかもが遠いので、私は泣くしかないのです。
時の流れも、互いの場所も、思いの在処も、何もかもが遠く遠く離れてしまって、私の思いはどこにも行き場が無くなってしまいました。

私の願いはかなわない。私の思いは届かない。
私はそれを受け入れなければならないのに、未練がましくただ泣くしか出来ないのです。

「·····歌うのが良いでしょう」
そう答えた男の声こそ、まるで歌うようだった。
「貴方が歌えばきっと声は届くでしょう」
「歌とはそういうもの。時を超え、距離などまるで無いかのように、誰かの胸を響かせる」
そう言った男の視線は、隣で涙を流す男ではなく、ここにはいない遠い誰かを見つめている。

「風に乗って届いた声は、きっと誰かを動かすでしょう。それがいつか、巡り巡って貴方に届く。たとえ命が尽きたとしても。歌に乗せた思いというのは、消えずに残っていくものだから」
「――」
涙を流していた男は微かに目を見開いて、口元だけで小さく笑う。
「歌とはそういうものだから」
「そうですか」
小さく答えた男の声は、同時に鳴ったピアノの音にあっという間にかき消されてしまう。
それでもいいと、男は思った。

END


「風に乗って」

4/28/2024, 12:17:37 PM

人の気持ちなんて一瞬で変わる。
それまで好ましいと思ってた人を些細な事で嫌いになったり、それまで何の感情も持てなかった人に些細な事で好感情を持ったり。
怒りでも、恋でも、憎悪でも、敬愛でも、友情でも、そうやって一瞬で変わる気持ちがどれだけ持続するかだろう。

「恋なんて脳が見せる幻覚」なんて言う人がいるけれど、だったら恋以外もそうだ。
脳が見せる勘違いと思い込み。自分に都合のいいものを取捨選択してるだけ。

そう思うと面倒な人付き合いも少しはラクにならない?

――そう言ったアナタの顔が、楽しそうに見えないのはどうしてかしら?


END


「刹那」

4/27/2024, 4:15:30 PM

そんなもの無いよ。
ケラケラと楽しそうに男は言った。
意味だの価値だの、そんなもの無くたって人は生きているし生きていける。意味の無い生は許されないというなら、それはとんだ傲慢だよ。
男の言葉は真理を突いている。
そんなものを声高に求めたり、したり顔で語れるのは恵まれている証拠だ。
生きる意味なんてものはね、死んだ後に誰かが勝手に見つけるものなんだよ。
それはそうなのかもしれない。
ただ、自分の生に意味や価値が見い出せないと、人は不安になるのだろうね。
男の声には微かな憐憫が滲んでいる。
その声を聞きながら私は、死ねない男の生に意味を見い出す誰かはいるのだろうかと、そんな事を思った。

END

「生きる意味」

4/26/2024, 2:35:41 PM

この言葉ほど境界線が曖昧なものはない。
時代によって、環境によって、宗教によってこの線は様々に変化する。

他者の命を奪うという、究極の行為でさえ許される場合と許されない場合があるのは、つまりそういうことなのだろう。
でもそれが悪いことだとは思わない。
人間はそうして数え切れないほどの線を引いて、秩序を、社会を、守ろうとする。
その矛盾が、そのどうしようもなさが、善と悪が場合によっては反転するその曖昧さが、人間という生き物なのだろう。

なんて、偉ぶって言ってみたけど、命を奪わずにいられるならその方がいいし、何かを傷付けずにいられるならその方がいいと思うのは、偽善なのかな。

END

「善悪」

4/25/2024, 2:30:16 PM

「あぁ、また·····」
軌道を外れていく姿を見つけ、呟いた。
青い星の大気に引かれて、同胞の命が燃え尽きようとしている。
自らの体に火をつけて、宇宙で一番美しい星を少しでも近くで見ようとぐんぐんスピードを上げて、彼は堕ちていく。ワタシはその様をただ見ていることしか出来ない。

大気圏に突入した彼は、少しずつその身を削っている頃だろう。間近に見る青い星は、彼の目にどう映るのか。ボロボロになりながら、それでも青い星に根付く命に瞳を輝かせているのだろうか。

ワタシには分からない。
同胞達が美しいという青い星が、ワタシの目にはちっとも美しく見えないからだ。
みんな何故、あんなにもあの星に惹かれるのだろう?
水と生命に満ちている、それがそんなに尊いものなのだろうか?
あの青い星の、最も知能が高いという生命体は燃え尽きようとしている同胞の姿に願い事をするという。
お金が欲しいとか、恋人が出来ますようにとか、ワタシには何のことだかさっぱり分からないけれど。消えていくものに願ったところで叶うはずがないのに。

青い星に惹かれて、体中に炎をまといながら堕ちていく同胞達。
その姿を見送りながら、青い星を横目に見ながら、ワタシは軌道を外れることなく旅を続ける。

「さようなら」
もう跡形もなく消えてしまったであろう彼。
次に見るのはまた何十年か後になるであろう青い星。
ワタシは絶対、あの星に惹かれて堕ちたりなんかしない。

END

「流れ星に願いを」

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