何もかもが遠いので、私は泣くしかないのです。
時の流れも、互いの場所も、思いの在処も、何もかもが遠く遠く離れてしまって、私の思いはどこにも行き場が無くなってしまいました。
私の願いはかなわない。私の思いは届かない。
私はそれを受け入れなければならないのに、未練がましくただ泣くしか出来ないのです。
「·····歌うのが良いでしょう」
そう答えた男の声こそ、まるで歌うようだった。
「貴方が歌えばきっと声は届くでしょう」
「歌とはそういうもの。時を超え、距離などまるで無いかのように、誰かの胸を響かせる」
そう言った男の視線は、隣で涙を流す男ではなく、ここにはいない遠い誰かを見つめている。
「風に乗って届いた声は、きっと誰かを動かすでしょう。それがいつか、巡り巡って貴方に届く。たとえ命が尽きたとしても。歌に乗せた思いというのは、消えずに残っていくものだから」
「――」
涙を流していた男は微かに目を見開いて、口元だけで小さく笑う。
「歌とはそういうものだから」
「そうですか」
小さく答えた男の声は、同時に鳴ったピアノの音にあっという間にかき消されてしまう。
それでもいいと、男は思った。
END
「風に乗って」
4/29/2024, 2:26:31 PM