未来が分かったところで多分「やっぱりな」という感想しか浮かばないと思う。
宝くじを買ってるわけじゃないから一発逆転で大金持ちになれるワケでなし。
仕事で大抜擢されるほどずば抜けた能力があるワケでなし。
もう後期高齢者と呼ばれる世代になった両親の、価値観や考え方をアップデート出来る可能性は限りなく低い。
世界から戦争が無くなってるとは思えないし、差別も貧困も無くならない。
人は自然を制御出来るほど賢くもないし、技術の進歩が喜びをもたらすとは限らない。
だから別に、未来なんて·····
たかが知れてる。
END
「もしも未来を見れるなら」
「これ、なーんだ?」
「?白いキャンバス」
「正解! 真っ白で、何にも描かれてない新品のキャンバスだ」
「何か描いてくれるの?」
「何がいい?」
「え? うーん、何がいいかな·····」
「この真っ白なキャンバスは君の世界だ。真っ白に見えるけど無色の世界。白く見えるのは君がまだ何もこの世界に意味や形を与えていないからだ」
「なんだか難しいな·····」
「なんにも難しいことなんかないさ。君の見たいもの、好きなもの、こうしたい、ああしたい、何でもいいから描けばいい。逆に見たくないもの、嫌いなものを描くのもアリだ。君の世界なんだからね」
「でも俺、絵の描き方なんて分かんないよ」
「絵を描こうとしなくていいんだよ。君の気持ちの赴くままに、画材だってなんだっていい」
「その前に、なんで俺が描くことになってるの?」
「君の世界を私に見せて欲しいんだ」
「いやいや、稀代の天才の前でそんな大それたこと出来ないって!!」
「·····見せてよ」
「·····っ」
「今を懸命に生きてる君が何を感じているのか、どんな世界を見ているのか、私に教えて欲しい」
「·····いいけど、下手だよ?」
「下手な絵なんてこの世には無いよ。絵はね、見る者に響くか響かないかだ」
「·····頑張ってみる」
F4号の白いキャンバスが部屋に持ち込まれて数日が過ぎた。そこにはまだ線の一本も描かれていない。
ゆっくりでいい、と言った。
描きたくなった時でいい、とも。
描きたいと思う。自分がどう世界を捉えているのか。
それを自分自身が知りたい。
「·····」
部屋を見渡して、唯一見つけた画材を手に取る。
一本の鉛筆で気の向くままに走らせた一本の線。
無色の世界にようやく色がつき始めた。
END
「無色の世界」
桜散る 梅はこぼれる 菊は舞う 牡丹崩れて 朝顔しぼむ
どれもその花の終わりを見事に表した言葉だと思う。
人もこんなふうに例えられるような、その人らしい終わり方を迎えられたらいい。
◆◆◆
そんな事を笑いながら言うものだから、僕はあなたがいつか消えてしまうのではないかと、不安でたまらないのです。
春なのに、胸に冷たい風が吹くのが悲しくて、僕は先を歩くあなたの手を思わず掴んでしまったのでした。
END
「桜散る」
「夢を託されることにも、自身が夢を見ることにも、もう疲れてしまったんだろう?」
男の声はいつになく穏やかだった。
「いいさ。ここはそんなこと考える必要の無い場所なんだから」
そこは彼の記憶には無い場所だった。
一面花が咲き乱れ、かぐわしい香りが漂っている。しかしよく見るとその花々は現実には存在しない色と形をしていて、彼はここが夢の世界なのだと悟った。
「そう。ここは夢そのもの。考えなくても存在する、現実には有り得ざる世界だよ」
男の声がいつもより近くに感じて、彼は僅かに身構えた。そんな彼に、男は肩を竦めて小さく笑う。
「そんな顔しない。別に取って食おうってワケじゃないんだから」
飄々とした物言いに毒気を抜かれて彼は立ち尽くす。男は満足げに目を細めると傍らに咲く白い花に手を伸ばした。
「綺麗な夢を見るのも、誰かに夢を託されるのも、君の心がそれに見合う美しいものだからだ。君はいつも自分を卑下するけど、私は君の過ちの中に、確かに美しいものを見たよ」
甘い匂い。目眩さえ感じる。
「でも、ね」
白い花が男の手の中でみるみる萎れていく。
「本当は、美しくなくたっていいんだ。たまには何もかも手放して、夢も見ないほど深い眠りに落ちるのもいいんじゃないかな?」
萎れて枯れた花びらが、一枚ずつ落ちていく。
はらはらと落ちる花びらにつられるように彼は膝をつき、咲き乱れる花の中に横たわる。
男はそんな彼を見下ろすと、唇に一層深い笑みを刻んだ。
「――おやすみ。ゆっくり眠るといい。ここは夢。現実には有り得ざる場所。何が起ころうと目覚めればみんな〝無かったこと〟になるんだからね」
悪戯を思いついたような男の、人ならざる色をした目だけが爛々と輝いていた。
END
「夢見る心」
恋の話になれば良かった。
友情の話になれば良かった。
そういう〝ハナシ〟になれば話す方も聞く方も少しはドラマチックに響くかもしれないのに。
暖簾に腕押しならまだマシかもしれない。
泥の中に手を突っ込んで、何も掴めずただ汚れて疲れるだけの虚しさ。
これをあと何年続けなければならないのだろう。
届かぬ想いが恋なら良かった。
ただただ会話が成立しないこの疲労感。
やっぱり一人が一番ラクだ。
END
「届かぬ想い」