細長いグラスに透明な液体が注がれる。
そのままでも充分美味いそれを、彼はそっと持ち上げて、ライトに翳してしばし眺める。
しばらくそうして思案していた彼は何かを思いついたように戸棚に向かうと小さなガラスの小瓶を取り出した。
水色、紫、黄色、白。
小瓶の中には色とりどりの小さな星粒。
彼はそれを数粒摘むと、グラスの中に落としていく。
キン、コン、と可愛らしい音を立てながら、小さな星はグラスの中を漂っている。
ゆっくり溶けていく小さな小さな星の粒を、彼はうっとりと見つめている。
「あなた、それ好きですよね」
「うん。酒もコンペイトウも、どちらもそのままで充分美味しいけれどね。こうすると綺麗だし、どっちも美味しくなる。君も飲むかい?」
「私にはちょっと甘すぎますね」
「美味しいのにな」
「私はこれで」
ワインをあおりながら、グラス越しに彼を見る。
コンペイトウも、それを堪能する彼も。
私には甘すぎてかえって毒に見えてくる。
溶けきらずに残った可憐な星が、グラスから溢れて彼の唇から喉へと消えるのを、飽きることなく見つめていた。
END
「星が溢れる」
長い入院生活で、一度だけ目を開けたことがあったらしい。
「先生がずっとこのままかもしれない、って言った日の夕方だったかな」
いつものようにウサギ林檎を食べながら指先を触っていたら、不意に目を開けたそうだ。
「いつもと変わらない大好きな目だった」
でも、いつもよりちょっとボーッとして、天井を見上げたまま、ほんの少し笑ったらしい。そしてまた眠りに落ちた。
「なんか、安心しちゃって」
そう言ってアイツは笑った。
「何にも変わってない。大好きな目で、大好きな笑い方で、大好きな君だった」
それから八ヶ月と十三日で、俺は退院した。
医師の話では、あのままずっと目を覚まさないか、目を覚まして退院するかは半々だったらしい。家族は奇跡だと言っていたが、俺は違うと思う。
シャク、と音を立てながらウサギ林檎に齧り付く。
俺の目の前で食べられる為に新しいウサギが生まれる。ウサギは俺の記憶より形がいい。
丸っこい、柔らかそうな指の持ち主がナイフで器用に林檎の皮を剥いていく。
俺が目を覚ましたのを奇跡じゃないと思ったのは·····、あの指のあたたかさを、ずっと感じていたからだ。
「なんか言った?」
「なんにも」
アイツが笑う。やわらかな眼差し。俺の大好きな目。
きっと、アイツの目に映る俺もこんな感じなのだろう。
なんだかとても――しあわせだ。
END
「安らかな瞳」
俺はさ、帰ったらずっとアイツの隣にいようって決めてたんだ。
アイツの隣で、アイツの影になり日向になり、アイツの為に生きて、アイツの為に死のうって思ってたんだ。
アイツは一人で何でも出来ちまうヤツだけど、だからって一人でいる必要はないだろ?
あ?一人じゃなかったんじゃないかって?
まぁ確かに、アイツを慕う奴は多かったな。
なんせ最高の男だからさ。憧れとか親愛とか、色んな感情でアイツを慕う奴はいたよ。
·····それでもアイツは一人だったんだ。
だから帰ったらずっと隣でアイツを守ろうって、思ってたんだけどなぁ。
ま、結末はアンタが知ってる通りだよ。
END
「ずっと隣で」
「もっと知りたい」
そう思う事が最近あまり無い。特に、人に対して。
だいたいを〝どうでもいい〟と思うようになって、人に対しての興味が減った。もともとあまり無かったのかもしれない。人を好きになった記憶もあまり無いし、同級生が転校しても「仕方ないか」で済ませてきた。知りたい事はだいたい本を読めば済むし、執着が無いのかな、とも思う。
今のところ、それで不都合は無いからいいか。
END
「もっと知りたい」
平穏なんてどこにも無い。
いつも、いつでも、終わりが来る日を覚悟している。
私に終わりをもたらすものは、災害かもしれない。
事故かもしれない。事件かもしれない。病気かもしれない。それらはいつ、どこでやって来るか分からない。だからいつも、いつでもそんな終わりを覚悟している。
でも、もし·····。その終わりをもたらすものが私のごく身近な、そう、私の家族だったら·····。
私はどこに感情をぶつければいいのだろう?
END
「平穏な日常」