数年前から、バレンタインチョコは家族と親友と自分の為だけに買っている。
この時限定のチョコレート、この時限定のパッケージ。要は期間限定を楽しみたいだけなのだ。
特設会場に並ぶたくさんのチョコも、普段から店に並んでいたら多分買わなかっただろう。
数日前から煽るマスコミ、購買意欲をそそる会場のディスプレイ、甘い香りに、ポップなBGM。
そう言えば、特設会場で「バレンタイン・キッス」が流れることもいつの間にか無くなった気がする。
本命チョコに友チョコ、義理チョコ、ご褒美チョコ。
次から次へとトレンドが現れて、毎年買わなきゃ、という気にさせる。
乗せられやすいのだろう。
でもまぁ、年に一度くらい流行りに乗って、みんなと同じ事をするのも楽しいものだ。
こうして我が家にまた、可愛いけれど使い道の無い缶や箱が増えていく。
END
「バレンタイン」
お外に出るのは初めて。
「ここで待っててね」
うん、わかった。
「おもちゃとおやつ、いっぱい買って来るからね」
わぁ、嬉しいな。
「じゃあね·····バイバーイ」
いってらっしゃい。待ってるね。
おもちゃとおやつ、楽しみだな。
でも、本当はね·····おもちゃもおやつもいらないんだ。早く帰ってきてくれて、お家にあるおもちゃで遊んでくれるのが一番嬉しい。
だから早く帰ってきてくれるように、ここでいい子で待ってるね。
青かった空が赤くなって、紫になって、黒くなって。
灰色になって、白くなって、黄色くなって、また青くなっても、ずっと待ってる。
あ、冷たい。
僕知ってるよ。これ、雪って言うんだよね。
雪ってこんなに冷たかったんだ。
·····まだかな。早く帰ってこないかな。
冷たいよ。
ぶるぶる、がたがた。
体が震えてきた。
早く帰ってこないかな。
「待っててね」って言ったから、ずっといい子で待ってるんだ。
雪が僕の周りにいっぱい積もってきた。
冷たいな。·····早く帰ってこないかな。
灰色の空から、冷たい雪が次から次へと降ってきて、僕の体がすっぽり埋まって、もう空が見えないや。
冷たいなぁ·····暖かいお家に早く帰りたいなぁ·····。
「待っててね」って言ったから、ずっといい子で·····ここで待ってるんだ。
◆◆◆
「良かった! 目開いたよ!」
「本当!? 良かった! 早くお湯持ってきて!」
「ミルクあっためました!」
「うん! がんばれ!」
「絶対死なせないからね!」
·····僕、どうやら〝捨てられちゃった〟みたい。
何がいけなかったのかなぁ。
暖かいこの部屋は、見たことない人と見たことない物でいっぱいで、頭の中がぐるぐるぐるぐる、こんがらがってぐちゃぐちゃで、これからどうなるのかすごくすごく、怖かったけれど。
温かいミルクがとっても美味しかったのと、初めて見る人達がとっても優しかったから、もう少し、人間を信じてみようと思うんだ。
――ミャア。(本当に、もう少しだけね)
END
「待ってて」
好きです、ありがとう、ごめんなさい、許せない、許してる、大嫌い、行かないで、顔を見せて、声を聞かせて、受け入れて、消えて、苦しんで、笑って。
万年筆を用意しよう。
インクは濃いブルーがいい。
便箋は貴方の目と同じ色をした、綺麗な花をあしらったものを。
一枚ではきっと足りない。
この場所で、旅先で。
時間を見つけて少しずつ、来し方を振り返りながら。貴方と私が共に来た道、貴方と私で共に行く道。
決して穏やかな道ではなかった。後悔は山ほど。
それでも、だからこそ。
伝えたいことが後から後から湧いてくる。
傍目には支離滅裂に見えるかも知れない。
それでも思いつくままに、溢れる想いが動かすままに、万年筆を走らせよう。
便箋を何枚使っても構わない。
私の思いを、貴方へ。
END
「伝えたい」
「奇跡のようなこの場所で、君に会えたことは何よりの喜びだよ」
それは多分、本当のことで。
「君と肩を並べて歩けるこの時とこの場所が、私には何よりの宝物だ」
それはきっと、私の気持ちでもあって。
「今度こそ、最後まで君と一緒にいるよ」
それはきっと、叶わない。
「私も同じ事を思っていました」
そう言うと、彼はお得意の困った顔をして笑う。
彼の全てを包み込むような、その実全てを諦めて突き放しているような温かくも低い声が、私は大好きで·····大嫌いだった。
END
「この場所で」
◆◆◆
2作目↓
この場所で出会った幾人かの人。
趣味が合って、リアルで会っても話し安くて、何年かはやり取りしていた幾人かの人。
でもやっぱり駄目だった。
人が嫌いな訳ではない。
話し安くて楽しかった。
何かあったら気遣う言葉が嬉しかった。
でも、ふとした事が面倒臭いと感じてしまう。
ただ好きな趣味で話が出来ればそれで良かったのに、季節の挨拶とか、贈り物とか、そういうのをやりたくなくて探した場所だったのに、この場所でもそういうのがいるのか、と私は面倒になってしまうのだ。
繋がりたいと思いながら、そういう事を面倒に思う私は、何かが破綻しているのかもしれない。
END
「この場所で」
誰もがみんな、結婚したいわけじゃない。
誰もがみんな、恋をしたいわけじゃない。
誰もがみんな、甘いものが好きなわけじゃないし、
誰もがみんな、ネットを使ってるわけじゃない。
一人が好きな人もいるし、恋愛に興味が無い人もいる。甘いものより辛いものが好きな人もいるし、情報収集のツールは新聞とTVと人、っていう人もいる。
結婚したい人と一人が好きな人は性格が合わないかも知れない。甘いものが好きな人と辛いものが好きな人は食べ物で喧嘩することもあるかもしれない。ネットを使っている人と使っていない人とでは、価値観が全く違うかもしれない。
たった一つ、多分間違いなく言えるのは、
誰もがみんな、幸せになりたいと思ってる。
そしてこれも多分間違いないのは、
その幸せの形は一つとして同じものがないということ。
END
「誰もがみんな」