「今年は薔薇だ」
数年前から誕生日に花束が届くようになった。
差出人の名前は無い。贈られる花はいつも白い花が一種類。カードも何も無いから最初は気味が悪かったけど、花束自体に何も変なところは無かったし、何より花が本当に綺麗で、ありがたく受け取ることにした。
去年はカーネーション。一昨年は百合。その前は小振りの蘭だった。そのもう一年前は何だったか。スプレーマムだったか。
もう忘れてしまったけれど綺麗な白だったことは覚えている。部屋に飾るだけで華やかになった気がして、顔も名前も知らない贈り主にひそかに感謝した。
◆◆◆
「で、今年も届いたと」
「うん」
「それがこれ?」
「うん。見事な薔薇だよね。こんな大輪で、形が綺麗なのばっかり」
「去年はカーネーションだって?」
「うん」
「全部白?」
「うん、そう」
「·····」
「綺麗だよね。この薔薇もさ、見て。トゲが取ってあるんだよ。気遣いが嬉しいなぁ」
「·····」
「アンタ、引っ越した方がいいかもね」
「へ?」
「これ、棺に入れる為の薔薇だよ」
「――」
「ご遺体の顔に傷が付かないようにトゲを取って入れるんだよ」
「·····ど、え? ·····棺って、」
「スプレーマム、蘭、百合、カーネーション、だっけ? 全部白で? ·····それ、棺に入れるお別れ花だよ」
「なんで?」
「さぁ、嫌がらせ、かな? ストーカーかも」
「·····なん、なんで? 誰が、なんで? わ、私、毎年誕生日に楽しみにして·····、綺麗で、」
「引っ越した方がいいよ。なるべく早い内に」
「·····っ!!」
ガシャン!!
床に散らばる花びらが彼女の目には滲んで見えていることだろう。
――そうして早く、私の元に来ればいい。
END
「花束」
「笑えばいいのに」
とよく言われる。
「笑って欲しいんだよね」
とも。
言われて私はそれこそ〝曖昧に〟笑って返す。
面白いと思えば自然に笑うし、挨拶なんかで笑った方がいい時はマスクの下でだって笑っていた。
それでも言われる「笑えばいいのに」と「笑って欲しい」。
見せなきゃいけない事なんだろうか?
みんなが笑っているものや事で笑っていないのはおかしいんだろうか?
「スマイルってありますか?」
「そこに無ければ無いですね」
こういう時、人間ってめんどくせ、って思う。
END
「スマイル」
仕事中に心の中で思っていること。
何度説明してもPCの使い方を覚えない親に思っていること。
やたら声がでかくてボリュームのコントロールが出来ない同僚に対して思っていること。
ガサツな父親と自意識過剰な母親に対して思っていること。
片付ける事を知らないやつに対して思っていること。
人の話を聞かない同僚に対して思っていること。
口癖が「すいません」で何に対して謝ってるのか分からない人に対して思っていること。
心の中に育っているドロッドロの悪罵と悪口と罵詈雑言。
言霊なんてホントにあるかどうか分からないけど、ホントになったら怖いから書かないし言わない。
END
「どこにも書けないこと」
気にしなければいいのだ。
実際、朝や昼は気にならないのだから。
チッ、チッ、チッ、チッ·····。
どこにでもある時計の音だ。
秒針がゆっくり回り、12を指して通り過ぎる。一分経過したことを告げた針はそれを六十回繰り返して一時間を、更にそれを二十四回繰り返して一日が終わることを告げる。
チッ、チッ、チッ、チッ·····。
電池が切れるまでそれは続く。電池を交換すれば更に長く、繰り返し時を刻み続けるのだろう。
チッ、チッ、チッ、チッ·····。
深夜。
家族が寝静まり、テレビも消えてリビングには私一人。時計の針がか細く鳴くのを聞きながら、私は読みかけの本のページを開く。
チッ、チッ、チッ、チッ……。
「·····」
数ページ進んだところでパタリと本を閉じる。
チッ、チッ、チッ、チッ·····。
夜、一人でいるとそれは私をからかうようにやけに鮮明な音となって耳に届く。
ただの時計だ。時計はただ時を刻むだけ。なのにあの音は、私に何かを急かすように神経質な音を響かせる。
タイムリミットなど無い。(本当に?)
この家であと何度二十四回を繰り返すのか。(永遠に?)
壁にかかったあの時計のように、このままこの家で朽ちていくのか。(それが人の生でしょう?)
チッ、チッ、チッ、チッ·····。
時計の針が更に私を追い詰める。
――決行の日を、決めなければ。
深夜。
一人で本を読む私は、時計の音を聞く度にこうした昏い妄想に取り憑かれている。
チッ、チッ、チッ、チッ·····。
妄想で済んでいるならまだ大丈夫だろう。
「決行の日を決めなければ」
チッ、チッ、チッ、チッ·····。
少しずつ音は大きくなっている。
昏い妄想はやけにリアルな夢になり、言葉と行動で私を突き動かす。
あぁ、時計の針が、聞こえてこなければ··········。
END
「時計の針」
好き、というだけではないのです。
笑顔が好き、声が好き、背中が好き、指が好き。
それだけではないのです。
一緒にいると癒されて、楽しくて、考えさせられて、時々イライラさせられて。
自分のあらゆる感情を、揺さぶられているのです。
自分の中にこんなに色々な感情があるなんて、私は今まで知らなかったのです。
あなたの隣にずっといたい。
あなたの一番大切な人になりたい。
あなたと同じものを目指したい。
こんなに何かを強く思うのは、これが初めてなのです。
こんな私の気持ちを知ったら、あなたはどんな顔をするのでしょう?
知りたい、でも怖い。
だから私は、ふとした事で溢れる気持ちがこぼれないよう、そっと唇を閉じたのでした。
END
「溢れる気持ち」