子供服のコーナーで「あ、いいな」と思った色の組み合わせとか、似たようなのを大人サイズで探すとなかなか無かったりする。
靴もそう。グレーとパープルとか、私の好きな色の組み合わせのブーツを見つけて、「あ、いいな」と思って近付いたらキッズサイズだったから諦めた。
そんな事が結構ある。
大人は使っちゃいけない色とか、あるわけじゃないのに何故か色もデザインも大人サイズになると途端に少なくなる。
探せばあるのは分かってるけどね。
でももっと気軽に、どこにでもあるといいのにな。
いろんな色の、いろんな服。
END
「色とりどり」
真夜中だというのに明るい。
昼前から降り始めた雪があっという間に積もり、その反射で周囲が明るくなっているからだった。
窓辺に佇み、その明るさに僅かに目を細める。
雪が無ければ外は黒一色だったであろう外は、立ち木の輪郭や家並みの明かりがぼんやりと浮かんでいる。白と黒と灰の三色だけでなく、家の窓から漏れる淡いオレンジが何の変哲もない街を幽玄の世界へと変えている。
男はクリーム色の壁に凭れて雪に埋もれた街を見つめていたが、ふと思い立ってキッチンへ向かった。
ポットのスイッチを入れて、カップを二つ取り出す。
インスタントコーヒーと砂糖とミルク。それらを用意してまた窓辺へ向かう。
しばらくそうして見つめていると誰もいない雪道を一つの影が近付いてきた。
傘にはまばらに雪が積もり、長いコートの裾が濡れている。早足で歩く影が途中何度か滑りそうになるのに、男は小さく笑う。
やがてポットがコポコポと音を立て、湯が沸いたのを知らせると、男はまたキッチンへ戻っていった。
二人分のコーヒーが用意出来たのと、インターホンが鳴ったのはほぼ同時。
「不便なところに住んでるな」
肩や裾に雪を乗せたまま、やって来た影がぶっきらぼうにそう吐き捨てる。
「それでも会いに来てくれたんだろう?」
笑いながら男がコーヒーを差し出すと、影をまとった男はふん、と小さく鼻を鳴らした。
「……」
カップ越しに見える目がギラついている。家主の男は甘いカフェオレを飲みながら、コートの肩に積もった雪が溶けて見えなくなるのをじっと見つめている。
こくりと喉が動いたのは、カフェオレを流し込んだから。それが嘘だということは、二人だけの暗黙の了解。
カチリと小さな音がして、扉の鍵が閉められる。
雪はやまない。
このまま降り続ければ足跡も、声も、匂いも全てをかき消してくれるだろう。触れた指の温かさも――。
あぁ、コーヒーを飲み終えるのが、待ち遠しい。
END
「雪」
君と一緒にいられたら、なんて。
夢物語だと分かってる。
君は前に進むひと。
君は未来を目指すひと。
君は……いつか誰かを愛するひと。
君と一緒にいられるのは、ほんのひと時。
瞬きのような僅かな時間。
私は動けない影法師。
私は過去に縛られた未練の残滓。
私は……いつか忘れられる思い出。
君と一緒に、なんて。
私の歪んだ思いに君を縛り付けてはいけない。
だから、私は――。
「ごめんね。×××××の言ってること、相変わらずよく分からないや」
君のそんな言葉に、曖昧に笑ってみせるのだ。
END
「君と一緒に」
はぁ、と息を吐くと白い煙が一瞬出てすぐに消えた。
目の前には薄青い空と少し暗い色の海がどこまでも広がっている。目を凝らしてよく見ると、鳥が一羽、はるか上空を円を描くように舞っていた。
「寒くないですか」
男が問う。
「平気だよ」
答える男は小さく笑ってコートを着た肩を竦めた。
「今日は日が照って暖かいからね」
月が変わって最初の週末。
海へ行こうと言い出したのはどちらだったか。
なぜ、とも、どこへ、とも聞かなかったのはお互いにそれを望んでいたからだろう。
朝、早い内に着いた浜辺で昇る朝日を見た時も、太陽が全て顔を出し、訪れる人が増え始めても、二人は何をするでもなく車に凭れたまま無言で空を見上げていた。
陽射しが柔らかい。
夏ほど強くない陽光が浜辺を優しく照らしている。
寄せ来る波も穏やかで、人の声も騒々しさを感じさせない。時間の流れが遅く感じる。
「気持ちいいな」
柔らかな風に目を細めながら男が言った。
「真冬だと思えませんね」
「……昼過ぎたかな」
いつの間にか太陽は中天にかかっている。
「なにか買ってきましょうか?」
朝から何も食べていない。
男は少し考えるような仕草を見せたが、すぐに「いいよ」と答えて、また空へと視線を向けた。
「もう少し、このままでいよう」
「……」
どれくらいそうしていたのか。
ふと周りを見渡せば、人影は減り、太陽は傾き始めている。だがまだ寒さは感じない。
――このまま帰らなかったらどうなるのだろう。
二人同時にそんな考えが頭をよぎった。
車のドアに凭れて、どちらからともなく指を絡めた。
このまま夜まで。
このまま朝まで。
このまま……ずっと。
互いに口には出さず、ただ繋いだ手に力を込めた。
END
「冬晴れ」
幸せとは、と聞かれても「それは〇〇である」なんて明文化出来るものじゃないと思う。
私にとっての楽しいことが、誰かにとっては苦痛なことかもしれない。私が嫌だと思うことが、誰かにとっては嬉しいことなのかもしれない。
それに同じことをしていても、楽しいと思う時もあればつまんないと思う時もある。
けれど一つ分かるのは、冬の夜、暖房のきいた暖かい部屋でこんな事を考える時間があるということが、とても貴重で、なにものにも変え難いものであるということ。
毎日同じことを繰り返すのを、つい単調だとか変わり映えしないとかネガティブに考えがちだけど、実はそれがとても……幸せなことなのだ。
……と、思えるようになるにはまだまだ修行が足りない。
END
「幸せとは」