せつか

Open App

はぁ、と息を吐くと白い煙が一瞬出てすぐに消えた。
目の前には薄青い空と少し暗い色の海がどこまでも広がっている。目を凝らしてよく見ると、鳥が一羽、はるか上空を円を描くように舞っていた。
「寒くないですか」
男が問う。
「平気だよ」
答える男は小さく笑ってコートを着た肩を竦めた。
「今日は日が照って暖かいからね」

月が変わって最初の週末。
海へ行こうと言い出したのはどちらだったか。
なぜ、とも、どこへ、とも聞かなかったのはお互いにそれを望んでいたからだろう。
朝、早い内に着いた浜辺で昇る朝日を見た時も、太陽が全て顔を出し、訪れる人が増え始めても、二人は何をするでもなく車に凭れたまま無言で空を見上げていた。

陽射しが柔らかい。
夏ほど強くない陽光が浜辺を優しく照らしている。
寄せ来る波も穏やかで、人の声も騒々しさを感じさせない。時間の流れが遅く感じる。
「気持ちいいな」
柔らかな風に目を細めながら男が言った。
「真冬だと思えませんね」
「……昼過ぎたかな」
いつの間にか太陽は中天にかかっている。
「なにか買ってきましょうか?」
朝から何も食べていない。
男は少し考えるような仕草を見せたが、すぐに「いいよ」と答えて、また空へと視線を向けた。
「もう少し、このままでいよう」
「……」

どれくらいそうしていたのか。
ふと周りを見渡せば、人影は減り、太陽は傾き始めている。だがまだ寒さは感じない。
――このまま帰らなかったらどうなるのだろう。
二人同時にそんな考えが頭をよぎった。
車のドアに凭れて、どちらからともなく指を絡めた。

このまま夜まで。
このまま朝まで。
このまま……ずっと。

互いに口には出さず、ただ繋いだ手に力を込めた。


END

「冬晴れ」

1/5/2024, 12:30:47 PM