真夜中だというのに明るい。
昼前から降り始めた雪があっという間に積もり、その反射で周囲が明るくなっているからだった。
窓辺に佇み、その明るさに僅かに目を細める。
雪が無ければ外は黒一色だったであろう外は、立ち木の輪郭や家並みの明かりがぼんやりと浮かんでいる。白と黒と灰の三色だけでなく、家の窓から漏れる淡いオレンジが何の変哲もない街を幽玄の世界へと変えている。
男はクリーム色の壁に凭れて雪に埋もれた街を見つめていたが、ふと思い立ってキッチンへ向かった。
ポットのスイッチを入れて、カップを二つ取り出す。
インスタントコーヒーと砂糖とミルク。それらを用意してまた窓辺へ向かう。
しばらくそうして見つめていると誰もいない雪道を一つの影が近付いてきた。
傘にはまばらに雪が積もり、長いコートの裾が濡れている。早足で歩く影が途中何度か滑りそうになるのに、男は小さく笑う。
やがてポットがコポコポと音を立て、湯が沸いたのを知らせると、男はまたキッチンへ戻っていった。
二人分のコーヒーが用意出来たのと、インターホンが鳴ったのはほぼ同時。
「不便なところに住んでるな」
肩や裾に雪を乗せたまま、やって来た影がぶっきらぼうにそう吐き捨てる。
「それでも会いに来てくれたんだろう?」
笑いながら男がコーヒーを差し出すと、影をまとった男はふん、と小さく鼻を鳴らした。
「……」
カップ越しに見える目がギラついている。家主の男は甘いカフェオレを飲みながら、コートの肩に積もった雪が溶けて見えなくなるのをじっと見つめている。
こくりと喉が動いたのは、カフェオレを流し込んだから。それが嘘だということは、二人だけの暗黙の了解。
カチリと小さな音がして、扉の鍵が閉められる。
雪はやまない。
このまま降り続ければ足跡も、声も、匂いも全てをかき消してくれるだろう。触れた指の温かさも――。
あぁ、コーヒーを飲み終えるのが、待ち遠しい。
END
「雪」
1/7/2024, 1:41:57 PM