「ミカンって、平仮名か片仮名だとぱっと浮かぶのはあのオレンジ色の果物だけど」
「また何か考えてんな」
「未だ完成せず、完了せずの〝未完〟かも知れないし、未だ刊行されずの〝未刊〟かも知れない」
「普通は果物思い出すだろ」
「あと味覚を司る器官って意味の〝味官〟って言葉もあるんだって」
「スマホで調べる程のことか?」
「気になっちゃってさ」
「まぁ、日本語を母語としてない人が聞いたり見たりしたらややこしいだろうな」
「それもあるし、果物以外を思い浮かべる人ってどれくらいいるのかなって」
「みかん、みかん、ミカンなぁ……」
「なんか考えてる?」
「いや、今年はいっぱい届いたから悪くならない内に食べなきゃなって思っただけ」
「そっちのが大問題だね。じゃあもう一個たーべよ」
「後で手洗えよ。指真っ黄色になるから」
「うん」
「……これ、ちょっと酸っぱいな」
END
「みかん」
冬休みって言ったって、クリスマスに大晦日にお正月と行事に追われて、休みになってないんだよね。
リースとツリーを出して飾って、ケーキとチキンを用意して、それが終わったら慌てて片付けて、今度は正月飾りに鏡餅におせちの準備。遊びに来る親戚の子供の為に、お年玉も用意しなきゃいけない。
その合間に仕事納めだの大掃除だのはあるし、粗大ゴミどうしようとかお墓参りもしなきゃとか年賀状どうしようとか。
慌ただしくて、忙しなくて、冬休みなんて看板に偽りありだ。
毎年毎年ぶちぶち文句を言って、それでも変わらないから諦めて。
「でも、お正月の妙に静かな午後の空気、好き」
「わかる」
「初詣、行く?」
「箱根駅伝終わったらいいよ」
「え、じゃあやだ」
「なんだよもう!」
毎年同じ正月を迎えられるのは、実はとても幸福な事なのだろう。
END
「冬休み」
「てぶくろ、って反対から言ってみて」
「……? ろくぶて」
「分かった。いち」
「いてっ」
「に、さん、し、ご、ろく!」
「いて、てっ、て、ちょ、おい!」
「六ぶてって言った」
「ってーよ馬鹿! 今どき小学生でもやらねえことすんな!」
「やらねえか、最近の小学生」
「やらねえよ。暇なのかお前」
「暇じゃなかったらこんな事やらねえよ」
「くだらねえなあ俺ら」
「年の瀬に何やってんだろな」
「あ」
「んだよ」
「指、穴空いてた」
「くだらねえことやってねえで手袋買いに行こうぜ」
「お母ちゃん、お手々が冷たい」
「母ちゃんじゃねえ馬鹿」
「ほんっっと、くだらねえなぁ俺ら」
END
「手ぶくろ」
堅牢な建物もいつかは崩れる。
綺麗な花もいつかは枯れる。
分厚い氷河も溶ける日は来るし、星にだって寿命はある。
保存しておいたデータだって動作が重くなったりするし、継ぎ足しの秘伝のタレは、継ぎ足すことでコクが増す。
「さっきから貴方、何が言いたいの?」
「いや、この国はなんで年を取ることを悪いことみたいに言うのかなって」
「そりゃ、皺は増えるし体はたるむし重くなるし、思考速度も遅くなるからでしょう?」
「それって、当たり前の事で悪いことじゃないでしょう?」
「それは貴方が若いから言えるのよ。私くらいの歳になるとね、昔のままでいたかったってしょっちゅう思うんだから」
「僕は」
「なによ」
「僕は苦しい事も楽しい事も乗り越えて来た貴女の、その佇まいが好きなんだけどな」
「――」
「年上をからかうもんじゃないわよ、って言わないで下さいね」
「……」
その眼差しがいつになく真面目で、私はすっかり言葉を失くしてしまうのだった。
END
「変わらないものはない」
「仕事だよ!」
と怒鳴りつけてやりたくなったのをなんとか堪えた。ICレコーダーをこちらに向けるこの女も、仕事なのだ。
煌めくイルミネーション、チキンの匂い、子供やカップルの歓声。そんな浮かれた空気を背に、一人寒空に肩を竦めていたら、声を掛けられた。
「今夜はクリスマスですが、貴方はどう過ごされますか?」
くたびれたスーツにビジネスバッグを抱えた男に、どんな答えを期待しているのか。ここ数年ケーキもチキンもシャンパンも買ってない。
それとも嫉妬と僻み根性丸出しの答えをすればいいのか。などと思っていたが、不意にあるものが目について、刺々しい気持ちが抜けた。
「……」
「あの、すいません……アンケート」
「手袋したらいいのに」
「――え?」
「雪の中継とか見てて思うけど、なんでこの寒い中で素手なの?」
「えっと……」
「あげる」
「え?」
駅のコンビニで買った、開けたばかりのカイロを押し付ける。変な奴だと思われるだろうけど、どうせもう会う事も無いのだ。構いはしない。
「今夜は帰って飯食って寝ます。以上」
少し気恥ずかしくなって、くるりと振り返ると足早にその場を離れた。
女の手にあったあかぎれが、あまりに痛々しかったから――。
百円以下でサンタになれるのなら、安いものだ。
END
「クリスマスの過ごし方」