多分クリスマス当日よりも、今夜が一番テンションが上がる日だろう。
子供に気付かれないようにプレゼントを置こうと、親達は子供に早く寝ろと念を送る。
子供は子供で、サンタがいつ来るかいつ来るかと胸を高鳴らせて余計に目が冴えてくる。
そんな親子の駆け引きを知ってか知らずか、サンタクロースは世界を回るのに大忙し。
子供も大人も、クリスマスが穏やかに、幸せに終わる事を願って空を見上げる。
仕事熱心なサンタクロースはその視線に、その願いに応える為にトナカイ達を繋ぐ手綱に力を入れる。
仕事を終えた彼にも、誰かがプレゼントを贈るのだろうか? もしそうなら、クリスマス当日に一番テンションが上がるのはきっと彼なんじゃないだろうか?
END
「イブの夜」
プレゼント?
別にいらないから、普通の一日を過ごさせて欲しいな。俺はキリスト教徒じゃないし、クリスマスにそこまで思い入れは無いんだ。
ほら、十二月、一月は行事が多いだろう? クリスマス、忘年会、大晦日、お正月、新年会……。
子供の頃は本とかゲームとかをプレゼントで貰えて嬉しかったけど、そういうので喜べない歳になったら気付いちゃったんだよな。
親にとっては酒が飲める口実が出来ただけなんだって。子供の気持ちなんか考えてないんだよ。プレゼントで気を引いて、親の義務は果たしたとばかりに酒に手を出すんだから。俺がどういう反応したかとか、ケーキの味とか、ロクに覚えてないんじゃないかな?
だから君も、別にプレゼントなんてくれなくていいよ。
今年一年仕事頑張って、なんとか生き延びました、ってご褒美とお祝いは、自分でするから。
だって、お返しとかめんどいじゃん?
◆◆◆
「そんで?」
「……ひっぱたかれた」
「だろうね」
「俺が総理大臣になったらクリスマスとあらゆるプレゼントを贈り合う行為を全面的に禁止にしてやる」
「わはは。それだけは百万年経ってもねえよ。そーゆーのはありがたく貰っとけばいいんだよ。後で捨てるなり誰かにあげるなりしてもいいからさ」
「その事後処理も含めて面倒なんだよ」
「僕に横流ししてくれりゃいいのに」
「めんどくね?」
「別に。食べ物なら一食分浮いてラッキーだし、それ以外なら売るか使うか捨てるかの三択だけじゃん」
「俺にとっちゃキリストよりお前が神様だよ」
「損な性分だよね、君って」
「めんどくさがりなだけだよ。あーもーマジでプレゼントなんて文化滅びればいいのに」
……僕はそれで毎回苦悩する君を見るの、結構好きだな。
END
「プレゼント」
風呂の蓋を開けると黄色い物体が浮かんでいて一瞬驚いた。ぷかぷかと浮かぶそれと、浴室内に漂う柑橘系の香りに今日は冬至だったかと今更ながらに思い出した。
湯船に浸かり、浮かんでいる柚子の一つに手を伸ばす。
「……」
ぐに、とぶよぶよとした不快な感触が伝わってきて、私はすぐにそれを離すと湯船の向こうへと押しやった。入れられてだいぶ時間が経っているのだろう。ふやけた柚子は私が身じろぐたびに湯船の中で上へ下へと揺れている。
そういえば、子供の頃からこの感触が大嫌いだった。
匂いはどちらかと言えば好きな方なのに、このぶよぶよとした中身があるのか無いのか分からない感触が不快で仕方なかった。いつもこの匂いに惹かれて手を伸ばし、触れた感触で手を伸ばしたことを後悔するのだ。
柚子を入れたのは妻だろう。
普段ほとんど会話など無いから、妻が何を考えているかよく分からない。
季節の行事などまるで頓着してなさそうなのに、急にケーキや団子を買ってきたり、花を飾ったりする。我が家にはクリスマスツリーも無ければ置物の一つも無い。物を置くのが嫌いなのだろう。季節の行事もそれが終わったらすぐに処分出来るもので済ましているようだった。
ぶよぶよになった柚子は明日になればゴミ箱行きだ。
なんだか無性に腹立たしくなって、私は浮いている柚子の一つに手を伸ばすと、思い切り力をこめた。
「……」
不快な感触が無くなるくらいに強く握り潰す。
浴室内の香りが一際強くなる。
――これくらいの力で締めればいいのか。いや、まだまだだ。
健康にいい筈の柚子なのに、私の中で育つのはひどく不健康な考えばかりだった。
END
「ゆずの香り」
東京には空がない。
そう言ったのは誰だったか。
私はいつも、東京に行くたび「意外と緑が多いじゃん」とか、「空が結構高いな」って思う。
高層ビルが立ち並ぶ街を歩いて、道を確認するために地図アプリを開く。そうして次に行く方向を確かめて、よし、と思いふと空を見上げる。
「――」
仰け反るほど高い灰色や白のビルの先に、目の覚めるような青がのぞく。
高いな、って思った。
それは地元で歩いている時には無かった感慨で、それは日々の慌ただしさで私が気付いてないだけかもしれなかった。
そうして歩いて、辿り着いたビジネスホテル。
窓に近付き、外を見る。20階以上の高い位置にある部屋だと、遮るもののない大空が目の前に広がっている。
「あるじゃん、空」
荷物を置いて上着を脱ぎながら、誰にともなくそう呟いた。
END
「大空」
ジリリリリ。
この音に続くものは何だろう? 思いつく限りあげてみる。
①ジリリリリ。『12月21日、木曜日。午前六時になりました。朝のニュースをお伝えします。』
うぅ、起きなきゃ……。起きなきゃ……。寒い……あと五分……ぐぅ。
②ジリリリリ。『間も無く開演です。御来場の皆様は着席してお待ちください』
推しに会うの三年ぶりだ。楽しみ!
③ジリリリリ。
なになに?
火災報知器じゃない?
え?火事!?
非常ベルだ! 逃げろ!
待って待って! いったっ!
怖い!
④ジリリリリ。『まもなく 〇番線に 普通列車※※行きが参ります。 黄色い線まで お下がり下さい』
じぃじ、ばぁば、またね。
サッカー頑張ってね。
勉強もちゃんとやれよ。
ばいばーい。
⑤ジリリリリ。『ただいまをもちまして、全公演終了となります。 御来場 ありがとうございました』
あぁ、終わっちゃった……。現実帰りたくない。
『気を付けて帰ってねー!』
突然の推し!!
ベルの音一つとっても色々浮かぶものである。
END
「ベルの音」