風呂の蓋を開けると黄色い物体が浮かんでいて一瞬驚いた。ぷかぷかと浮かぶそれと、浴室内に漂う柑橘系の香りに今日は冬至だったかと今更ながらに思い出した。
湯船に浸かり、浮かんでいる柚子の一つに手を伸ばす。
「……」
ぐに、とぶよぶよとした不快な感触が伝わってきて、私はすぐにそれを離すと湯船の向こうへと押しやった。入れられてだいぶ時間が経っているのだろう。ふやけた柚子は私が身じろぐたびに湯船の中で上へ下へと揺れている。
そういえば、子供の頃からこの感触が大嫌いだった。
匂いはどちらかと言えば好きな方なのに、このぶよぶよとした中身があるのか無いのか分からない感触が不快で仕方なかった。いつもこの匂いに惹かれて手を伸ばし、触れた感触で手を伸ばしたことを後悔するのだ。
柚子を入れたのは妻だろう。
普段ほとんど会話など無いから、妻が何を考えているかよく分からない。
季節の行事などまるで頓着してなさそうなのに、急にケーキや団子を買ってきたり、花を飾ったりする。我が家にはクリスマスツリーも無ければ置物の一つも無い。物を置くのが嫌いなのだろう。季節の行事もそれが終わったらすぐに処分出来るもので済ましているようだった。
ぶよぶよになった柚子は明日になればゴミ箱行きだ。
なんだか無性に腹立たしくなって、私は浮いている柚子の一つに手を伸ばすと、思い切り力をこめた。
「……」
不快な感触が無くなるくらいに強く握り潰す。
浴室内の香りが一際強くなる。
――これくらいの力で締めればいいのか。いや、まだまだだ。
健康にいい筈の柚子なのに、私の中で育つのはひどく不健康な考えばかりだった。
END
「ゆずの香り」
12/22/2023, 2:57:45 PM