せつか

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12/26/2023, 11:24:56 AM

堅牢な建物もいつかは崩れる。
綺麗な花もいつかは枯れる。
分厚い氷河も溶ける日は来るし、星にだって寿命はある。
保存しておいたデータだって動作が重くなったりするし、継ぎ足しの秘伝のタレは、継ぎ足すことでコクが増す。

「さっきから貴方、何が言いたいの?」
「いや、この国はなんで年を取ることを悪いことみたいに言うのかなって」
「そりゃ、皺は増えるし体はたるむし重くなるし、思考速度も遅くなるからでしょう?」
「それって、当たり前の事で悪いことじゃないでしょう?」
「それは貴方が若いから言えるのよ。私くらいの歳になるとね、昔のままでいたかったってしょっちゅう思うんだから」
「僕は」
「なによ」
「僕は苦しい事も楽しい事も乗り越えて来た貴女の、その佇まいが好きなんだけどな」
「――」
「年上をからかうもんじゃないわよ、って言わないで下さいね」
「……」

その眼差しがいつになく真面目で、私はすっかり言葉を失くしてしまうのだった。


END


「変わらないものはない」

12/25/2023, 3:15:57 PM

「仕事だよ!」
と怒鳴りつけてやりたくなったのをなんとか堪えた。ICレコーダーをこちらに向けるこの女も、仕事なのだ。
煌めくイルミネーション、チキンの匂い、子供やカップルの歓声。そんな浮かれた空気を背に、一人寒空に肩を竦めていたら、声を掛けられた。
「今夜はクリスマスですが、貴方はどう過ごされますか?」
くたびれたスーツにビジネスバッグを抱えた男に、どんな答えを期待しているのか。ここ数年ケーキもチキンもシャンパンも買ってない。
それとも嫉妬と僻み根性丸出しの答えをすればいいのか。などと思っていたが、不意にあるものが目について、刺々しい気持ちが抜けた。

「……」
「あの、すいません……アンケート」
「手袋したらいいのに」
「――え?」
「雪の中継とか見てて思うけど、なんでこの寒い中で素手なの?」
「えっと……」
「あげる」
「え?」
駅のコンビニで買った、開けたばかりのカイロを押し付ける。変な奴だと思われるだろうけど、どうせもう会う事も無いのだ。構いはしない。
「今夜は帰って飯食って寝ます。以上」
少し気恥ずかしくなって、くるりと振り返ると足早にその場を離れた。

女の手にあったあかぎれが、あまりに痛々しかったから――。
百円以下でサンタになれるのなら、安いものだ。


END


「クリスマスの過ごし方」

12/24/2023, 2:29:17 PM

多分クリスマス当日よりも、今夜が一番テンションが上がる日だろう。
子供に気付かれないようにプレゼントを置こうと、親達は子供に早く寝ろと念を送る。
子供は子供で、サンタがいつ来るかいつ来るかと胸を高鳴らせて余計に目が冴えてくる。
そんな親子の駆け引きを知ってか知らずか、サンタクロースは世界を回るのに大忙し。
子供も大人も、クリスマスが穏やかに、幸せに終わる事を願って空を見上げる。
仕事熱心なサンタクロースはその視線に、その願いに応える為にトナカイ達を繋ぐ手綱に力を入れる。

仕事を終えた彼にも、誰かがプレゼントを贈るのだろうか? もしそうなら、クリスマス当日に一番テンションが上がるのはきっと彼なんじゃないだろうか?


END


「イブの夜」

12/23/2023, 10:58:11 AM

プレゼント?
別にいらないから、普通の一日を過ごさせて欲しいな。俺はキリスト教徒じゃないし、クリスマスにそこまで思い入れは無いんだ。
ほら、十二月、一月は行事が多いだろう? クリスマス、忘年会、大晦日、お正月、新年会……。
子供の頃は本とかゲームとかをプレゼントで貰えて嬉しかったけど、そういうので喜べない歳になったら気付いちゃったんだよな。
親にとっては酒が飲める口実が出来ただけなんだって。子供の気持ちなんか考えてないんだよ。プレゼントで気を引いて、親の義務は果たしたとばかりに酒に手を出すんだから。俺がどういう反応したかとか、ケーキの味とか、ロクに覚えてないんじゃないかな?
だから君も、別にプレゼントなんてくれなくていいよ。

今年一年仕事頑張って、なんとか生き延びました、ってご褒美とお祝いは、自分でするから。

だって、お返しとかめんどいじゃん?

◆◆◆

「そんで?」
「……ひっぱたかれた」
「だろうね」
「俺が総理大臣になったらクリスマスとあらゆるプレゼントを贈り合う行為を全面的に禁止にしてやる」
「わはは。それだけは百万年経ってもねえよ。そーゆーのはありがたく貰っとけばいいんだよ。後で捨てるなり誰かにあげるなりしてもいいからさ」
「その事後処理も含めて面倒なんだよ」
「僕に横流ししてくれりゃいいのに」
「めんどくね?」
「別に。食べ物なら一食分浮いてラッキーだし、それ以外なら売るか使うか捨てるかの三択だけじゃん」
「俺にとっちゃキリストよりお前が神様だよ」
「損な性分だよね、君って」
「めんどくさがりなだけだよ。あーもーマジでプレゼントなんて文化滅びればいいのに」

……僕はそれで毎回苦悩する君を見るの、結構好きだな。


END

「プレゼント」

12/22/2023, 2:57:45 PM

風呂の蓋を開けると黄色い物体が浮かんでいて一瞬驚いた。ぷかぷかと浮かぶそれと、浴室内に漂う柑橘系の香りに今日は冬至だったかと今更ながらに思い出した。

湯船に浸かり、浮かんでいる柚子の一つに手を伸ばす。
「……」
ぐに、とぶよぶよとした不快な感触が伝わってきて、私はすぐにそれを離すと湯船の向こうへと押しやった。入れられてだいぶ時間が経っているのだろう。ふやけた柚子は私が身じろぐたびに湯船の中で上へ下へと揺れている。

そういえば、子供の頃からこの感触が大嫌いだった。
匂いはどちらかと言えば好きな方なのに、このぶよぶよとした中身があるのか無いのか分からない感触が不快で仕方なかった。いつもこの匂いに惹かれて手を伸ばし、触れた感触で手を伸ばしたことを後悔するのだ。

柚子を入れたのは妻だろう。
普段ほとんど会話など無いから、妻が何を考えているかよく分からない。
季節の行事などまるで頓着してなさそうなのに、急にケーキや団子を買ってきたり、花を飾ったりする。我が家にはクリスマスツリーも無ければ置物の一つも無い。物を置くのが嫌いなのだろう。季節の行事もそれが終わったらすぐに処分出来るもので済ましているようだった。

ぶよぶよになった柚子は明日になればゴミ箱行きだ。
なんだか無性に腹立たしくなって、私は浮いている柚子の一つに手を伸ばすと、思い切り力をこめた。
「……」
不快な感触が無くなるくらいに強く握り潰す。
浴室内の香りが一際強くなる。
――これくらいの力で締めればいいのか。いや、まだまだだ。

健康にいい筈の柚子なのに、私の中で育つのはひどく不健康な考えばかりだった。



END


「ゆずの香り」

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