冬は一緒に星を見よう。
春は二人で花見をしよう。
夏は海辺を散歩して、
秋には私はひとりきり。
散った紅葉を踏みながら、貴方が眠る場所へと向かう。持っていくのは結局最後までやめられなかった煙草と、毎日のように食べていた好物のチョコレート。花はどうせ分かんないだろうから供えてなんかやらない。
「これだけ赤く染まってるんだから、充分だよね?」
私を置いて逝った貴方に、花なんか供えてやらない。
「ねえ」
火をつけた煙草を一瞬だけ墓石に置いて、すぐに取り上げる。
「どうせ紅葉を見に行くなら、墓場なんかじゃなくてもっと別のところに一緒に行きたかったよ」
一口吸って、嫌味のように吹きかけてやる。
「ざまあみろ」
そう吐き捨てたあと思いっきり噎せたから、慣れない煙草のせいだと言い聞かせた。
そう、滲んだ涙も煙草のせい。
END
「冬は一緒に」
昨日見たドラマ、
変わりやすい天気、
中身スカスカのサンドイッチ、
近づく車検、
口うるさい上司、
通りすがりが着ていた変なTシャツ、
芸能人の不倫、
新しく出来た店のスイーツ、
隣の家の猫、
階段にいつの間にか出来てた傷、
出し忘れた書類、
庭に咲いた花、
面倒な会社の同僚、
履き潰した靴、
新調した食器一式、
仕事が好きとか嫌いとか、
サブスクどれにしようかな、
こんな話に花を咲かせる事が出来るのは、「割と」平和な国だから。
この星の別の国では、幼い子供が襲撃に怯え、声を殺して眠れぬ夜を過ごしている。
聖人君子でもないし、一庶民に何が出来るのかという気持ちもあるけれど、なんとなくふと思い出して、せめて一日でも早く恐怖が去ってくれますようにと、誰にともなく祈ってみる。
それともこの場でこんな事を綴れる時点で、この思いすら「とりとめもないこと」になってしまうのだろうか。
END
「とりとめもない話」
「咳、鼻水、咽頭痛、発熱、倦怠感、筋肉痛、etc.……
これがどうして「邪な風」という漢字で表現されるんだろう?」
「お前はそういうめんどくさい事考えるから頭が痛くなるんだよ」
「気になったんだもん」
「いいからほら、口開けろ」
「あ、ウサギ林檎。なんでウサギなのかな?」
「あーもう、ほら!」
「んぐ」
「あれこれ考えるのは熱が下がってからにしろ」
「はぁい」
「まったく」
「ねえ」
「あ?」
「ありがと」
「……おぅ」
END
「風邪」
※不穏な話です
ビルの屋上で煙草をふかしている後ろ姿を見つけた。
彼の頭上を漂う白い煙が、少し遠いこの位置から見るとまるで抜け出した魂のように見えて、思わず足を早めた。
「探しましたよ」
彼は煙草を咥えたままゆっくり振り返ると、おどけたように肩を竦めた。
「君が来るとは思わなかった」
長い指に煙草を挟んでそんな事を言う。その仕草の何もかもが絵になって、しかもそれが嫌味になっていないところが不思議な男だった。
「知りませんでしたか? 私が一番周りを細やかに見ているんですよ」
彼は一瞬目を見開いて、そしてくしゃりと顔を綻ばせる。普段厳しい表情が多い彼の、その意外な幼さに私は突然胸を鷲掴みにされたような気がした。
「何をしてたんです?」
隣に並んで柵に凭れる。彼は煙草を一口吸って細く煙を吐き出すと、「雪を待ってた」と意外な答えを寄越してきた。
「雪?」
天気予報はここ一週間星のマークばかりだ。
彼は淡く微笑んで、煙草を挟んだ手を空へと向ける。
「空に縫い付けられたあれがさ、目に見えるあの大きさのまま落ちてきたら雪みたいだと思って」
彼の指先を追うと、夜空に冬の星々が輝いている。冴えた空気の中で輝く無数の星は、確かにしんしんと降り積もる氷の粒を思わせた。
「……あれが全部落ちてきたら、空は何にも無くなってしまいますよ?」
「うん。でも、真っ暗な中であれだけ沢山の雪に埋もれたら、きっと気持ちいいんじゃないかって」
「……」
彼は時々、こんな危ういところを見せる時がある。
ぽつりと、唐突に、まるで当たり前のことのように。
止めて欲しいのか、気付いて欲しいのか、それとも叱って欲しいのか。
捉えどころの無い彼の、心の奥底に何があるのかを知りたくて、私は腕を伸ばすと彼の指から煙草を奪って口付けた。
淡い色をした瞳が見開かれる。
唇が離れると、彼は煙草を持つ私の手に指を絡めて囁いた。
「君の指も冷たくて……気持ちいいな」
低く響くその声に、私は死の誘惑を感じた。
END
「雪を待つ」
「クリスマスだから、年末だからって装飾される並木や建物や公園も綺麗だと思うけど」
コンビニのホットコーヒーを飲みながら、階段を一段一段上っていく。
吐く息が白い。同じように階段を上りながら、私は彼の顔を盗み見る。夜の山道は暗く、ところどころにポツンと灯りがあるばかりで、彼の顔もはっきりとは見えない。けれど弾んだ声の穏やかさと足取りの軽やかさで、彼が今どんな顔をしているのかを想像する。
きっと子供みたいに目を輝かせているのだろう。
「着いたよ」
街の北端にある小さな山。
初めて登った山の頂きは少し開けて、こじんまりとした展望台が設置してあった。とは言っても、ベンチと柵があるだけの、本当に簡素なものだったけれど。
彼はゆったりとした足取りで、柵のギリギリまで近付いていく。私も後をついていく。
「……」
目の前に広がっていたのは、きらきらと輝く星の海。
昔見た天の川の写真を思い出した。
「俺はここから見る街の景色の方が好きだな」
ちかちかと点滅する光点。連なるオレンジ。薄緑色に輝くタワー。人の営みが宝石になって街という箱の中で煌めいている。
レストラン、マンション、教会、居酒屋、ゲームセンター、病院、コンビニ、風俗店……そこには聖も俗も無い。みんなみんな、輝く光になっている。
「この中に冬限定のイルミネーションもあるんだろうけど、ここから見てるとさ、わざわざ飾り立てなくたっていいのにって思わない?」
煌めく宝石を背に微笑む彼は、私の目に他の何より輝いて見えた。
END
「イルミネーション」