せつか

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12/11/2023, 3:43:55 PM

暗示みたいに言い聞かせる。

私は強い。
私は正しい。
私はこれでいい。
私はこれが好き。

そう思い込んで、思い込んでいる事すら忘れてしまうくらいに自分の中にその感情を刻み付けて、それが自分にとって当たり前の、〝何でもない事〟になってしまっている。

〝何でもない事〟になってしまっていた事に、ふと苦しさや痛みや、窮屈さや悲しみを感じてしまうのは、暗示が解けてしまったからだろう。
だったらずっと、〝フリ〟じゃなくて本当に〝何でもない〟ままの、暗示がかかった状態でいたかった。


END


「何でもないフリ」

12/10/2023, 2:14:44 PM

百人の薄っぺらい仲間より、たった一人寄り添ってくれる親友がいればいい。

増えない「いいね」の数を見ながら、そんな風に強がってみる。


END


「仲間」

12/10/2023, 4:49:41 AM

迷路のような街を走り抜ける。
ゴーストの群れを爪で切り裂き、彼女の元へとひた走る。大丈夫、彼女のそばには頼もしい味方がいる。自分一人なら、どうとでもなる。
――そう、例えば消滅してしまったとしても。

自分の役目は彼女の道を守ること。
彼女の行く道、彼女の来た道。その道が間違いでは無かったと、その生をもって証明すること。その為に自分の、私達の仮初の生はある。
敵を屠り、道を開き、彼女をあるべき未来へ送る。
その為にこの爪は、この歌は、この生はある。
逆に言えばそれ以外の生は自分には有り得ない。

背中に熱を感じた。
ゴーストの見えない手が触れたのだろう。
――ここまでか。いい。私の代わりはいくらでもいる。

「×××××!!」
突如伸びてきた小さな手。小さい、だが強い手が私に触れる。手袋越しに伝わるのは微かな熱。
「はしって」
ゴーストを振り切り、駆け抜ける。小さな手の主は私を振り仰ぎ一瞬厳しい顔をしてみせた。
「いこう。みんなまってる」
――待ってる。
私の生は彼女のために。それ以外の理由など有り得ない。それなのに……この小さな、だが強い手の主の微かな熱を、その言葉を、一瞬でも長く感じていたいと思う自分がいる。
初めての感覚に、私は言葉を無くしてただ走るしか出来なかった。


END


「手を繋ぐ」

12/8/2023, 11:44:07 PM

「ありがとう」だけなら「どういたしまして」と返せる。でもその後に「ごめんね」と続くと、どう返したらいいのか分からなくなる。

「謝らなくていいよ」が正解なのか
「気にしないで」と言えばいいのか
「お互い様だよ」でいいのか

ごめんね、という言葉には何となく、「これ以上迷惑かけないからね」という目に見えない線を感じる。
寄り添うことも、手を差し伸べることも、見守ることも、お互い自然に出来る関係を望んでいるのに、ごめんね、と言われると何に対しての「ごめんね」なのかを考えてしまって、そこで止まってしまう。

ごめんね、面倒臭いのは私の方だった。
聞いてくれてありがとう。



END


「ありがとう、ごめんね」

12/8/2023, 8:47:25 AM

この部屋に他人を入れたのは四回。
私はキッチンでコーヒーとお菓子を用意しながらアンテナを張り巡らせる。

一人目。割とイケメンで、明るい人だった。
「きったね! なにこのぬいぐるみ」
言語道断。すぐに別れた。

二人目。お喋りが好きで、私と本の趣味も合う年上の女の人。
「本の趣味は合うけどこういうとこのセンスは合わないね」
これはまだ許容範囲。けれど次が駄目だった。
彼女の手がいつの間にか伸びて、〝彼〟に触れていた。すぐに別れた。

三人目。うんと年下の、やっと大学を出たばかりのゲーマーの男の子。
「年代物ですね。フリマサイトに出せば高く売れるんじゃないですか?」
価値観が違いすぎた。〝彼〟はアンティークでも無ければヴィンテージでもない。すぐに別れた。

四人目は疎遠になっていた姉。来るなり金の無心をしてきたばかりか、〝彼〟の腹を踏みつけた。
許せなかった。すぐに殺した。

五人目の貴方はどうだろう?
左右の目の大きさが違う、右の腕と左の足の色が違う、耳が片方千切れかけた〝彼〟を見て、どんな反応をするのだろう?

私は部屋の片隅にいる〝彼〟に視線を送る。
子供の頃からずっと一緒の〝彼〟。
今はもうくたびれて、色あせてしまった〝彼〟。
〝彼〟にきちんと接してくれる人を、私にきちんと向き合ってくれる人を、私はずっと待っている。



END


「部屋の片隅」

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