「恋愛に溺れて身を持ち崩すことを堕ちていく、なんて言うけれど」
「なに? 突然」
「それは第三者の価値観で見てるからそう言うんであって、本人は堕ちるどころか天にも昇る気持ちなのかもね」
「それだって脳内麻薬が変な作用してるだけでしょ?」
「まぁ恋愛なんて所詮脳が見せる幻覚だって言うしね。……でも、天にも昇る気持ちってどういう感覚なんだろ」
「分かんないなぁ」
「私も」
「まぁでも、分かんなくても生きていけるし人生は楽しいしさ、酒は美味いからいいんじゃね?」
「そりゃそうだ」
今夜も気の置けない友人と美味い酒が呑めるなら、それでいいのだ。
END
「逆さま」
貴方が好きだ、貴方が好きだ、貴方が好きだ
私の好きな時間は朝、貴方の好きな時間は夜。
私は肉は食べないが、貴方は食べる。
私が知らない花の名を、貴方は知っている。
愛も罪も、正義も、情熱も、何もかもが違う貴方に、私は眠れないほど恋焦がれている。
お前が嫌いだ、お前が嫌いだ、お前が大嫌いだ。
私は夜が落ち着く。お前は夜の色を纏っている。
私は人が嫌いだ。お前は人の愛を信じている。
私が踏みにじった花を、お前は拾いあげる。
愛も罪も、正義も、冷徹も、何もかもが相容れないお前を、私は眠れないほど憎悪している。
「同じ〝眠れない夜〟を過ごしているのに、こうも違うものかねえ」
星明かりの下、楽しそうに男は笑った。
END
「眠れないほど」
小学生の頃は漫画家かイラストレーターかお菓子屋さん。中学生になったら政治家か考古学者に憧れて、高校ではぼんやりと司書か書店員になりたいと思ってて
、いつか好きな本を集めてブックカフェが出来たら、なんて考えていた。
気が付けば、そのどれにもなれず就職も見事に失敗、非正規で毎日掃除をしながら父が作った借金を返すために働く母を支える日々。
現実は厳しいけれど、分かった事は自分が掃除が好きだということ。掃除は目に見えて結果が分かるし無言でコツコツ出来るから好きだと知った。
漫画家やイラストレーターになれるような画力は無かった。政治家や考古学者になれるような粘り強さも根気も無かった。司書になれるような勤勉さも無かった。
人生百年時代の約半分。それだけ時間をかけてようやく気付いた夢の無謀と現実のままならなさ。
それでも何とか生きている。生きていけてる。
それでいいやと思えた時から、苦しくはなくなった。
こんなもんか、くらいがちょうどいい。
END
「夢と現実」
さよならは言わないで、お別れはリムーブorブロックでお願いします。
…………リアルな人間関係でも出来たらいいのに。
END
「さよならは言わないで」
闇が無ければ光の強さ、眩しさ、あたたかさを知ることはなく、光が無ければ闇の濃さ、穏やかさ、冷たさを知ることはないだろう。
光しか無い世界の苛烈さも、闇しか無い世界の寂しさも、どちらも人には耐え難いものだから、人はそのどちらも求め、どちらも遮ろうとするのかもしれない。
一つだけ光源のある部屋で眠る時の、あの安心感はきっとそんな、根源的な恐れから来るものだと思う。
「なにぶつぶつ言ってるの、早く寝なさい」
「はぁい」
END
「光と闇の狭間で」