「とろみって何だよあんかけじゃねえんだからよ、って思ってたけど」
私の腹を撫でながら彼が笑う。
柔らかくしなやかな手触りを堪能するように、大きな手は何度も白い生地の上を行き来する。
「くすぐったいよ」
微かに身を捩ると、もう片方の腕が伸びてきて私を捉えた。
「気持ちいいよな、確かに」
「自分で着ればいいのに」
「うーん、なんか痒くなるからそれはやだ。それに口実だから」
「口実?」
「こうやっていちゃつくための」
腹と背中を撫でていた手が、いつのまにか頬に来ていた。ちゅ、と軽く唇が触れて。
私と彼は笑いながら、ソファに沈んだ。
END
あなたは私を「落としてみたい」と言う。
好きにすればいい、と思う。
そんな事を言える時点で、あなたは私のことをこれっぽっちも分かってはいないのだ。
それはただの自意識過剰。
自分なら私を意のままに出来るという、ただの思い上がりだというのに、頭脳明晰なはずのあなたがそれを分かっていない。
「落としてみたい」? 馬鹿なことを言う。
私はもう、落ちるところまで落ちきった、ただの残骸だというのに。これ以上無いというほど堕ちて、僅かに残った残骸で未練がましく落ちる前の自分に縋っているだけなのに。
落ちていく時は夢の城も、綺麗な花も、描いた理想も、みんなみんな引き摺り落として汚してしまう。後に残るのは破れてちぎれて粉々になった、想いの欠片だけ。「堕ちる」というのはそういうこと。
そしてそれは……、蜘蛛の糸とて例外じゃない。
「落としてみたい」?馬鹿なことを言う。
緻密に張り巡らされた蜘蛛の糸ごと、引き摺り落とされる覚悟があるならやってみればいい。
どうせみんな、落ちていく。
END
「いい夫婦」の“いい“って、何が“いい“んだろう?
機嫌がいい、仲がいい、頭がいい、羽振りがいい、気前がいい、運動神経がいい、声がいい……。
まぁ「いい」という言葉にあまり悪い印象は無いけれど。
誰にとっての“いい“なんだろう?
それがお互いにとって、とか子供にとって、とかならいいけど、〇〇にとって「都合のいい」、〇〇という目に見えないものを守るための装置としての夫婦なら、そんなものも、言葉も無くなっしまえ、と思う。
あ、今わたしが言った「いい」も、誰かにとって都合のいい「いい」だった。
『夫婦』
義務でもないし、仕事でもない。
強制されてるわけでもないし、別にやらなくても誰も咎めない。
明日も仕事でしょ?
はいそうです。
お風呂入ったんならもう寝たら?
うん。
頭の中でそう答えながら、頭の中にタブを開いて何を書こうか考えている。
髪がまだ乾いてないじゃない。
分かってる。
言いながら指は画面をタップして、何かネタはないかと検索ウィンドウを開いている。
「活字中毒」
それって、書く方にも当てはまりますか?
腰にぶら下がる金色の円盤をぽん、と軽く叩いて少年は笑った。
「ぼくのみっしょんは、ずっとずっと、どこまでもとおくへいくこと。うちゅうのはての、そのまたむこうまで、みんなのこえをとどけるのがしごとなんだ」
得意気な顔をして少年はえへへ、と笑う。隣に佇む黒衣の青年は、彼の言葉に不思議そうに首を傾げるだけだった。
「あのあおいほしのしゃしんは、ぼくのたからものだけど」
遠い果てを見据えるように、少年は爪先立ちで背伸びをすると窓辺に腰掛けたままの青年に肩を並べた。
「このごーるでんれこーどにきざまれたじょうほうが、とおいとおいうちゅうのはてで、はじめてであうだれかのたからものになったらいいな、っておもうんだ」
地球の音。風。光。言葉。命。そのどれかが、何かが、かけがえのないものとして誰かの宝物になる。青年にとっての音楽のように。歌姫のように。少年にとっての“遥かな青き星“のように。それはなんだか、とても素敵な事に思えて――。
「……ふふ」
「……えへへ」
再現された作り物の星空の下。二人は視線を合わせてそっと微笑んだ。
END