ひら

Open App
9/5/2023, 5:30:00 PM

『貝って昔はお金として使われていたことを知ってる?』

物知りなあなたは、私にそう教えてくれた。
ちょうどこのくらいの季節に。




「へー、初めて知った。」
一つの貝殻を拾って、眺める。

「だから、“貨幣”とか、“購入”みたいにお金に関する漢字に貝が使われてる。」

あなたは、私が食いついてくれたことが嬉しかったのか、鼻高々に付け足す。

「なるほどねー、言われてみればそうだ。そこらじゅうに落ちてるのに、価値がある物だったんだね。」

「僕は、この世に価値の無いものなんて無いと思うね。」
貝を一つ拾いながら、柔らかく、でも力強い声で返事が返ってくる。


久しぶりにこの海に来て、思い出した。
何気ない、夏の終わりの出来事。
あなたとのこの“何気ない”日常が、有限で、この上なく価値のあるものだったと気づく。

手に持った貝殻。
奥に見える夕陽。
ぬるい空気に包まれる。


二度と来ない、再会。





9/2/2023, 2:15:25 PM


今は、百貨店の清掃の仕事をしている。
どんなに綺麗にしても、人が行き来すればどうしても汚れるわけで。
ありがたいことに無くならない仕事だ。

閉店後、今日はずっと見て見ぬ振りをしていた汚れにやっと手をつけた。
長年積み重なった汚れは頑固で、いつもより時間がかかってしまった。
急がないと皆帰ってしまい、店に取り残される。
道具を戻し、速攻で着替える。
立ち作業で疲れた脚に無理をさせ、出口まで駆け足で向かった。
そこまでの最後の曲がり角で誰かとぶつかる。

「すみませんっ。」
顔を上げると戸締り巡回中の警備員のおじさんだった。
「おー、こちらこそすまない。いつもお疲れさん。君のおかげでここは綺麗に保たれてるよ。」

その、柔らかい笑顔に暖かさを感じる。

「お疲れ様です。ありがとうございます。そんなこと言ってもらえたの初めてです。」

俯きがちにそう答えると、おじさんは続ける。

「そうかいそうかい、明日もよろしく頼むよ。気をつけて。」

「はい、お疲れ様でした。」
出口へと向かう足取りはなんだか軽かった。


明日も頑張ろう。

9/1/2023, 3:30:32 PM

画面の上から通知が降ってくる。
誰からかと思えば、この頃心配していた彼からの連絡だった。


『じゃあね』

その一言になんとも言えない喉の苦しさと、ぬるい汗、じわりと起こる鳥肌。

いつからかよく一緒にいるようになって、沈黙も気まずくなかった。
居なくなったのか。
自分と同じ人間のような気がして居たから分かる。

最後に会った彼は気丈に振る舞いながらも、目に生気を感じられなかったことがとてもひっかかっていた。


一粒の乾いた涙に自らの感情は溶けていった。

追うか、止まるか、今は決めきれない。

8/31/2023, 3:57:43 PM

壊れたガラスを拾い集めて、僕の心を修復した。
だけど、ツギハギだらけ。
完全には戻らなくて、どこか虚しさが残った。
後悔をしている。
でも、ヒビに気づいていながら、見て見ぬ振りをしたのも僕だったじゃ無いか。

8/30/2023, 5:18:34 PM

サッとふりかけ、少し背伸びをした。
伏目がちに髪を片方耳にかける。
ふとした時に手首から香る甘いけど、爽やかな香り。
鏡に映る私は頬が緩んでいる。


まだまだ、子供かもな。

Next