物心ついたときから『心のコップ』が見えた。
形も大きさも深さも人によってばらばらだ。
部長のコップを見るとグツグツと
赤い液体が煮えたぎっていた、
部長は機嫌が悪いと、物を投げたり
皆の前で怒鳴りつけたりする。
今日は自分の番だ。
「部長、今朝から機嫌悪いよね」
心配そうに声をかけてきてくれたのはBさん。
いつも周りを気にかけてくれる人だ 。
Bさんのコップを見れば、
ふちすれすれまで液体が溜まっている。
翌日からBさんは職場に来なくなった。
この職場は"いい人"からいなくなる。
残っているのは相当タフな人か変わり者だけ
自分もその変わり者の一人だ。
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「大丈夫?」
目が覚めると心配そうにこちらを覗くCさんがいた。
ズキズキする頭をおさえながら先程の事を思い出す。
飲み会で部長に一気飲みを強要されて、
酒を煽った自分はそのまま意識を失ったらしい。
介抱してくれたCさんに謝罪とお礼を述べると、
気にした様子もなくニコニコとしていた。
自分はこの人が苦手だ。
わかりやすい部長の方がマシだと思えるくらい。
人懐こくて表情豊かで人気者のCさん。
そのコップの中身はいつも空っぽだ。
赤ん坊に犬や猫、鳥や魚にだって
多少なりとも感情の液体が入ってるのに、
この人の中にはそれがない 。
こちらに伸びてくる手を反射的に振り払ってしまう。
見上げるとCさんは笑っていた。
空っぽだったCさんのコップの底に
液体が溜まり、ついには溢れ出した。
お題「溢れる気持ち」
夜の公園で私は一人ブランコを漕いでいた。
錆び付いたブランコがキーキーと音をたてる。
なんでこんな場所にいるんだろう。
あ、思い出した。
友だちにゴロゴロコミックを貸してもらうんだった。
まだかな…ずっと待っている気がする。
ぼーっとしていると、
知らない大人がこちらへ近づいてきた。
その姿にびくっと体がこわばった。
なんでこんなに怯えているんだろう。
その人は私にこう言った。
「もうここにいなくていいんだよ。
あるべきところへおかえり」
…ああ、そうだった。
わたしは大切なことを忘れていた。
それから誰もいない夜の公園で
ブランコがひとりでに動くことはなくなった。
お題「ブランコ」
旅先で行方不明になった妻を探すために、
仕事も辞め捜索に明け暮れる日々を送っていました。
現地の警察にも相談して、
彼女が行きそうな場所はくまなく探しましたが、
一向に手がかりが掴めません。
途方もなく町を歩いていると、
とある見世物小屋を見つけました。
私は何か惹き付けられるものがあり、
興味本位で中へ入ってみることにしました。
そこにはステージ上で踊る猫と
それを見て歓声をあげる人々がいました。
キピキピキャパキャパルビルビラバラバ♪
あれは猫…いや、人間?
私は目を見張りました。
はっぴはっぴはっぴぃ♪はぴはぴはぴはぴはぴぃ♫
見間違えるはずがありません。
そこには狂ったように飛び跳ね踊る
妻がいたのです。
その姿は私が今まで見た中で、
一番美しく愛らしかったのでした。
お題「旅路の果てに」
お母さんは優しい人だ。
いつも私以上に私のことを考えてくれる。
「お菓子には添加物が入っていて
体に悪いから食べてはダメ」
「いかがわしい本を読んではだめ。
全部 捨てておいたからね」
「ゲームは頭が悪くなるから買いません。
将来のために勉強しなさい」
「そんな相手と付き合ってはだめ。
この先きっと後悔するよ」
「勉強して、いい学校、いい会社に入って
お母さんを早く安心させてちょうだい」
「みんなあなたのためを思ってのことよ」
お母さん
今までありがとう。
私は今日ようやく
あなたの優しさから解放される。
お題「優しさ」
白い病室
風になびく白いカーテン
窓の外を眺める私
振り返れば笑顔の彼が立っていた
窓から落ちて頭を強く打った私
一命は取り留めたが
すべてを忘れてしまった
私はどうやら天涯孤独なようで
連絡先は彼の他に誰もいなかった
擦り傷切り傷痣火傷
ボロボロな私の体を
優しく抱きしめてくれた彼
窓辺に飾られた白い椿の花がきれい
彼が私に贈ってくれた大切な花
彼に見つめられると
心がざわついて胸がドキドキする
私たちはきっと
深く愛し合っていたのだろう
何も思い出せないけれど
彼がいてくれたら安心
お題「安心と不安」