あぁ、やっと来たんだね。遅かったじゃん。なに、彼女にでも甘えられてたとか?
仕事が忙しかっただけ?ふーん。ま、いいよ。お風呂入っておいで、早くしようよ。
私とあなたは割り切った関係。ここでただ二人シーツを汚すだけの、それだけのための関係。
最近あなたに彼女ができたと聞いたとき、ひどく胸騒ぎがした。お互い好きにならないって決めてたはずなのに、彼女ができたというあなたの顔はどことなく物憂げで。
どうせ私の願いは叶わない。だから、言葉はいらない。ただこの時間だけは私の首から下を愛してよ。
心が擦り切れて痛まないように。
43.『言葉はいらない、ただ…』
「⸺急になんだよ、なんでそんな焦ってるんだ。嫌なものを見た?悪夢かなんかでも見たのか。
⸺違う?詳細教えてくれねぇと分かんねぇよ。何を見たんだって。…包丁を持った女?!通報はしたのか?!できなかったってやべーだろ!今すぐしないと!
⸺え、俺ん家の方向に向かってた…って偶然だろそれ、怖いこと言うなよ。とりあえず通報しないと、お前は無事ならそれでいいけど…
(ピンポーン)
はい…はい。
⸺宅配だって、なんか頼んでたっけ…?ちょっと出てくるよ。またかけ直す」
これが、彼の最後の会話なんだけど何か思うことあるかい?
はい、本当に悲しいです。まさか死んじゃうなんて。
……君が包丁を持って、宅配員に扮装して訪問しなければ、喜びのあまり刺すなんてこと、しなかったんじゃないかな。
だってやっと真正面から顔を見れたんですもの!この瞬間を私だけの宝物にしたかったんです!ネットで知り合ってから相思相愛で、私がいながら他の女に現を抜かすなんて許せなくて、それで!
そもそも付き合ってすらない、君が彼のストーカーだってことは気づいているかい?
ストーカー?何言ってるんですか。違いますよ、私達は恋人同士ですから。
……はぁ…。埒が明かない。
42.『突然の君の訪問。』
私の日記帳には誰かが住んでいる。オカルトじみているとは思うけど、私が何かを書き込めば、次に開いたときに誰かが書き込んでいるのだ。例えるならば赤ペンしてくれる先生みたいな、日誌に書いた感想に先生がまた感想を書き連ねるみたいな。
字を見るだけでは女性みたいだけど、年は私よりも下な気がしている。丸っこくて可愛らしい字なのだ。
「あなたは誰?」と書いてみたことがある。
そうしたら、【私はあなた】と返ってきた。でも私はこんなふうに書いたりはしない。
「ドラマでよくある多重人格みたいな?」
【やっと気づいてくれたね、寂しかったんだよ】
「いつから?」
【いつからいるのかってこと?それなら中学あたりから】
…私どうしてこうなったんだろう。
41.『私の日記帳』
プラスチックの板を挟んで向かい合わせ。向こう側の君は申し訳なさそうに下を向いたまま。
時間がないから適当に話そう。本当はこんなこと望んでなかったのにと思いながら。
君は大きな罪を侵して、壁の向こうへ消えていった。今はこうしてしか話せない。
君の罪を許せはしないけど、僕は君にとってただ一つの拠り所だから逃げないで向かい合う。
今この時間と同じように。
40.『向かい合わせ』
弱りゆく君に何もできない
冷えゆく君に何もやれない
医者でもない、神様でもない僕は
ただ君を見ていることしかできない
どうしてもっと早く気づけなかったんだ
どうしてもっと早く駆けつけられなかったんだ
頭の中でかけめぐる後悔は消え失せてくれない
こんなことになるのなら
あの日君と喧嘩なんてしなければよかった
こんなにもやるせない気持ちを抱くのは
一体いつぶりなんだろう
39.『やるせない気持ち』