何も思いつかない。1時間ほど画面と睨めっこをしていた私は溜息を付いた。毎日お題から話を書く。私には得意なものはこれと言ってないし、文章だって書くより読む方が好きだったりする。だから文章を毎日生み出すというのはあまり得意ではない。なら何故、毎日こうして文章を書いているかというと、ただの気まぐれだ。ただの気まぐれであるから、今日のように何も思いつかないことがある。疲れた目を伏せ、珈琲を喉に流し込む。辞めてしまおうか。いつでも辞めれるものなのだから。ついそう思ってしまう。でも、ここで辞めるのは何故か負けた気がして、何とも言えない複雑な感情になる。疲れた目を抑え、私はもう一度画面と向き合う。そしてまた、自分の中の何かを捻り出すように文を綴り始めた。
#上手くいかなくたっていい
日当たりの良い大きな窓が付いた明るい部屋と緑と甘い花の匂いがする広い温室。それが私に与えられた世界。私が欲しいとねだったものは大抵手に入れることができる。眩く宝石が付いた指輪、多くの召使い、涎が溢れるほど美味しい食事。誰もが私をもてはやす。まるでそれをすれば、私の機嫌がとれるとでも思っているようで。それが私をこの小さく狭い世界に閉じ込める免罪符にしているようで。私がどんなに願ってもここから出ることは叶はないというのに。今日も私は、上辺だけの愛情を一身に受けながら広い世界に焦がれている。
#蝶よ花よ
雨に濡れて肌に張り付くシャツをつまみながら、貴方は土砂降りの空を見つめた。卒業したらこの小さな町を出ていくと私に宣言した貴方。そんな曇り空のような顔をした貴方に私は何も言うことができなかった。
幼い頃、遠くの栄えた地からこの町に越してきた私を一番に受け入れたのは貴方だった。貴方はよく私の故郷の話を聞きたがり、それを語るたび目を輝かせると同時にどこか憂いるような表情をした。小中高とずっと一緒に過ごしていたから、貴方が隣にいなくなることに少し寂しさを覚える。いつの間に止んだ夕立に、夏の空のような笑顔を浮かべはしゃいでる貴方を見ながら痛む胸を抑える。卒業まであと1ヶ月。どうしようもなく町の外に焦がれる貴方と余命1年の私。貴方の想いも私の寿命も最初から決まっていたことなのだろう。貴方が差し伸べてくれた手を掴むことはない。貴方には絶対に言えない。貴方の隣に居続けるには私の寿命は短すぎたのだ。
#最初から決まっていた
貴方は照り輝く太陽。近くのものを全て焼き焦がしてしまうような、眩しい光を放つ星。私は月。貴方がいるから夜に輝ける星。貴方がいないと私は深い暗闇の中に紛れて、見えなくなってしまう。どうしても近くに行きたかったけれど貴方の隣に並ぶには、あまりにも貴方は眩しすぎるから。今日も私は貴方の反対側で貴方の光に目を細め、その輝きを一身に浴びる。
#太陽
古びて閑散とした人の寄り付かない小さな教会。夕方、18時頃に私はふとそこに立寄ることがある。そこの鐘はどこか歪んでいるのか、独特な音を出す。宗教などそういったものには特に興味はないが、その鐘の音がずっと脳裏に響いているのだ。そうして今日もまた、草深な入口へ足を踏み入れ崩れそうな階段を登る。階段を登りきったところで鐘の音が鳴り出す。時計を見るときっちり18時。目を閉じて、静かに鳴り響く鐘の音に耳を澄ませる。間延びする鐘の音の終わりとともにそっと目を開き、階段を降りる。なんてことない、ただの鐘の音だ。それでもまた来よう、そう思うのは何故なのだろうか。
#鐘の音