郡司

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6/5/2024, 5:14:05 AM

狭い部屋

子どもの見るアニメは大抵見る。遊んでいるゲームも大抵見る。宿題をしていたり、何か工作して創っていたりも大抵見る。部屋が狭いから、視界に入らないことがほとんど無いのだ。そのおかげと言っては何だが、大人的注釈のあった方が良いようなアニメ等(例えば『推しの子』など)の、強すぎるインパクトに理解のための枝を付けることや、オンラインゲームで遊んでいるときの反応に、ある程度の方向性を持てるように試みること、YouTubeで見ている動画の内容にひとこと言ってみたりもできる。オンラインで遊んでいる学校の友達が誰かということも、聞かずとも判ってしまうのだ。干渉しないが把握はする。ネットやサーバー内は「イマドキの注意エリア」でもあるから、ちょうど良いと言えば、ちょうど良い。

それぞれなのだろうけれど、「ちょうど良い広さ・狭さ」があると思う。狭すぎる部屋で無理に暮らせばストレス昂じて良くない心理状態になるし、広すぎる部屋は寒い感じがしそうだ。何より使わないスペースとか管理するのはちょっと。

自分の感覚としてはどうなんだろう。今暮らしている部屋は狭いのかな…いや、たぶんこのくらいだからなんとかなっているんだろう。たぶんね。

6/3/2024, 1:04:57 PM

失恋

いまのところ失恋したことない。
振り返ってみると恋らしい恋など若い時分にはなかった。それに、「破れなければ失恋とは呼べない」という感覚もある。

愛情というものはいろいろな人間関係にある。
毎日、喜んでは心破れるなかで育ったから、軽く柔らかくふんわりしてるような恋をする次元にいなかった。暴力への恐怖感が根深くあった側面もある。私はサバイバーだ。とにかく余裕の無い心理状態で、一言で表すことが今もって難しい人間関係フォースにまみれていた。

そんなわけで、本日のお題「失恋」に相応しい経験が無いのだ。これはこれで如何なんだと思いもするが、まあ人にはそれぞれ得手不得手がある。うん。

6/2/2024, 4:39:10 PM

正直者が馬鹿を見る、という言葉は昔からよく聞く。じゃあ嘘つきは満たされた幸福にまっすぐ入ることができるかというと、私の見回した限りでは、そうじゃないようだ。どちらが良いのかヒジョーにビミョーだ。

さて、「正直」。

自分自身に正直であることは結構だいじだと思う。自分は何に取り組むのが楽しいか、どんなふうに暮らしたら気分良くいられるか、そういったことは自分にしかわからない。自分で自分の正直な気持ちを抑えてしまったり、さらには封じてしまったり、あまりにそれを積み重ねると、麻痺のような状態になる。そして、「自分の心は何も喜ばない」などと、真実じゃない評価判断をしたりする。

生まれてこのかた一瞬たりとも自分に誠実じゃないときがなかった人など、たぶんいない。生きる場所をなくさないための方策として、自分を守ろうとして、精いっぱいの選択をしてきた結果だ。私にも覚えがある。

さて、この側面で「正直」でいると、何かをなくすだろうか。やってみなければわからないことだ。小さなことから正直に反応してみるのも良いかもしれない…意外なくらい、正直な自分はこの現実に受け入れられるかもしれない。

小さな試し。でもきっと、大きく息ができるようになるために大きな踏み出しだ…

6/2/2024, 1:00:49 AM

梅雨……、うん、ブラキストン・ラインの北に暮らしてきたから、梅雨のいろいろがわからない…

でも、ここで皆様が梅雨のいろいろを書いて下さるので、なるほどと思いながらちょびっともの知りになれる。そういえば、昔「木綿屋七つ梅」というお菓子を食べたことがある。赤紫蘇でくるまれた梅。平たく言って、すんごく美味しい。すんごく美味しい。

5/31/2024, 1:31:18 PM

無垢

仏教の言葉では、「煩悩のけがれの無いこと」を意味する。

猫又が「おなかすいた」と言ったので、私は自分の手を差し出して言った。「じゃあ私のあげるよ」と。猫又の返事は「いらない。そんなの食べたらお腹壊しちゃうもん」だった。猫又は生気を摂取するのだが、私の目を盗んで子どもたちの生気をつまみ食いしているようだった。

「子どものがいい。今は不安定ぽくておいしそうだもん」
成長期の揺らぎがあるせいでいまいち安定を欠く子どもの生気を喰わせろと、ニヤニヤしながら言う。
「普通程度の量しか持ってないからダメ。私なら限りないから大丈夫。ほれ、遠慮せず」
「いやーだ。あなたのは美味しくないもん。そんな安定したのなんか、つまんない」
「贅沢言うんじゃないの。食べ放題なんだからいいじゃない」
「やだ!」
「ワガママ言わないの。だいたい遠慮せず喰えなんて言うのは私くらいでしょうが」
「イヤー! だって脂っこいんだもん! お腹壊しちゃうんだってば!」
…という時点で爆笑する子ども。ちょっと、失礼じゃないの。言うにこと書いて脂っこいとか。よし、絶対私の以外は喰わせぬ。私は猫又を取り押さえて、思いっきりわざとらしく、「脂っこく」、遠慮するなと迫った。猫又は子ども達に「たすけてー!」と手を伸ばしていたが、それもすぐつかんで押さえていたら、あさってへ逃げて行った。

私が無垢という状態じゃないことは猫又が太鼓判を押した。

猫又よ知っておけ、人間の大人というものは、己の無垢をしまい込まねばならないときがあるのだ。無垢そのものである命は誰も皆、自分の最奥に持っている。見つけられないのはお前の力量不足というものだ、修業しろ。…って、お前まだ子猫だったわね。仕方ないか。

でも、子ども達の生気を喰ったら仕置きだぞ。

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