朝起きて、ご飯を食べて、歯磨きをして、靴を履く。
「お母さん!早く行こう!!」
「あきら!待って待って!お迎えのバスまだ来ないよ!」
「もしかしたら早く来るかも!」
バタバタと準備をして幼稚園のリュックを背負って玄関前にスタンバイ。
もう玄関を開ければ出発できる!
「も〜、、最近準備早いね?何か幼稚園でいい事でもあるの?」
「ジャングルジムのぼるの!次こそゆう君に勝つの!」
それは最近の日曜日のこと。
お母さん、お父さんといつもより少し大きめの公園へ行った。そこの遊具は滑り台、ブランコ、砂場にタイヤの上を歩いたりする遊具、何より大きなジャングルジムがあった。
近くの公園にはブランコと砂場しかなくて、僕にはそれだけでも楽しいが詰まった世界だったのだけど、大きめの公園に行ってからはその世界が広がった!
だって、滑り台はまだ分かる。タイヤの上を歩くのだって、幼稚園にあってみんなで冒険ごっこをしたりして遊んでる。
でも ジャングルジム!!
幼稚園にあるのはちっちゃくて大したことない、みんなもあまり遊ばないやつが、あの公園には大きいのがある!
初めて大きいジャングルジムで遊んだ時、お父さんに捕まらないように上手くくぐったり登ったりしてとっても楽しかった!
そして
「一緒に遊ぼ!!」
その時。ゆう君に会った。
初めての子なのに笑顔で声をかけられた。僕はびっくりして固まってしまった。
「お、あきらお友達?」
下から鬼のフリをして僕に手を伸ばしていたお父さんに声をかけられるが、びっくりが勝って上手く言葉が出ずに首だけ振った。
「えっと、、君の名前は?」
「ゆうだよ!はじめまして!」
「はじめまして。あいさつができて偉いね。あきらも、自己紹介。」
「!、あ、あきらです。。」
「あきら!よろしくね!遊ぼ!」
「すみません!うちの子が何か?」
お父さんの後ろから小さめの女の人が心配そうに声をかけてきたが、お父さんが事情を話すとほっとしたようだった。
話を聞くと、最近ここら辺に越してきた子らしい。
お母さんも来て、お母さん同士で楽しそうに話してる。
「せっかくだから一緒に遊んでごらんよ。」
お父さんも疲れたのか完全に僕とゆう君だけで遊ぶ雰囲気だ。
…大人のこうゆう時の、僕苦手なんだよな。。
どうしようと視線に困っていると、ゆう君は元気に声をかけてきた。
「ジャングルジム好き?俺好きなんだ!ジャングルジムで鬼ごっこしよう!」
「…!うん!僕も、ジャングルジム好きだよ!鬼ごっこしよう!」
なんて事ないセリフから僕たちは太陽が赤くなってお母さんに声をかけられるまでずっと鬼ごっこをしていた。
「ゆう君ジャングルジムほんとに早いね!追いかけるの疲れちゃった。」
「ふふん。コツがあるんだよ。」
ゆう君の動きはほんとに早くて。登るのも潜りながら逃げるのも、鬼を交代して追いかけてくるのも早かった。僕は何度も捕まったし、何度も追いかけた。
くやしい。
「ねぇ、次のお休みの日もここに来る?また鬼ごっこで対決しよう!」
「うん!またしよう!」
対決 という言葉になんだか自分が大きな敵に立ち向かうテレビのヒーローになったような気分になって、次の約束をした。
いや、ゆう君は敵じゃないけど。
それでもそれが楽しくて。
それから僕は毎日幼稚園の小さなジャングルジムに登ったり友達を誘って小さなジャングルジムで鬼ごっこをしたりして特訓したのだ。
僕たちはそれからその公園で会った時はいつも対決をした。
勝ったり負けたり。コツやこうした方が良いとか話しながら。時には他に遊ぶ子と一緒になってみんなで遊んだり。
もちろん疲れて2人でおしゃべりするだけの時もあった。幼稚園が違うから、自分の幼稚園はこう。園の友達でこんな遊びをした!などお互いの事を話した。
いつも元気なゆう君と話すのは楽しくて、遊ぶといつも気がついたら時間が経っていて、、ゆう君は僕の中ではヒーロー達をまとめるリーダーのようなキラキラとしたかっこいい存在で。
気づけば僕たちは親友だった。
1年間くらいそんな日々が続いていたが
僕たちのお別れは突然だった。
「え!!ゆう君引っ越すの?!」
僕と一緒にお母さんもびっくりした。
いつも通り、日曜日に公園に行くと泣きすぎて目と鼻が真っ赤なゆう君と手を繋いでいるゆう君のお母さんが公園の入口にいた。
「そうなんです、、夫の急な転勤で、、せっかくこんなに仲良くなったのに、いきなりでごめんなさいね。。」
「まぁ、まぁ、本当に驚いた。いつ引っ越すの?」
「1週間後には、、」
「そんな急に…!大変ね、、」
お母さん達の会話が勝手に進んでいく。
引っ越す?てことはゆう君とバイバイってこと?ジャングルジムの対決は?遊べないってこと?もう、
会えないってこと?
「…っ。っうぅ。」
ゆう君はずっと泣いていて目が合わない。
それで、もう一生会えないんだと思って僕もボロボロと泣き出してしまった。
2人してヤダヤダと声を出して泣くもんだから、お母さんもあたふたしてふたりが落ち着くまで背中をさする。
落ち着いて来て、ゆう君のお母さんがお茶を買ってきてくれた。
ゆう君と2人でベンチに並んで飲んでいると、ゆう君のお母さんはしゃがんでふたりと目線を合わせると、ゆっくりと話し出した。
「あきらくん。ゆうにも話したんだけどね、私たちは、引っ越すけどずっと会えなくなるんじゃないんだよ。すぐには会えないかもしれないけど、何年かしたらまたここに戻ってくる予定なの。」
「???」
「あきら、ふたりは今幼稚園に行ってるでしょう?次は次は1年生になって小学校に行くよね。小学生になって、何年かしたらゆう君は戻ってくるんだって!」
だから一生バイバイじゃないんだよ。
お母さんの言葉に僕は少しほっとした。
その後引越しの準備ですぐに帰らないといけないとゆう君達は帰って行った。
また、絶対に遊ぼうね。
と言葉を交わして。
*
月日が経ち、俺は4年生になった。
朝になり気だるげに起きるとお母さんに早くご飯を食べなさいと怒られる。夏休みくらいゆっくり寝させてくれればいいのに。夜に隠れてゲームをしたからめちゃくちゃに眠かった。
「そういえば、幼稚園の頃仲良かったゆう君て覚えてる?」
「ゆう…?あぁ、ジャングルジムで遊んだ子か。」
「そうそう。夏休み明けに転校してくるって。戻ってくるてさ。昨日ゆう君ママから電話あったよ。」
「ふーん、、え!?戻ってくるの!?」
「だからそう言ってるじゃない。本当に仲良かったわよね〜」
のほほんとお母さんは言うが、なんというかここまで時間が経つと逆に気まずい。
どんな子になってるんだろ。やな奴とかになってたらやだな。ゆう君は、俺にとって憧れだったし。
「…ねぇ、ゆう君のことなんだけど、、」
「うん?なに?」
急に静かにお母さんが話すもんだから聞き返すと、ちょっと間を置いて ううん。なんでもない。無くはないけど。。 と何やらぶつぶつと言っている。
「??」
「あ、そういえばちょっとお使い頼まれてくれない? 後で でいいから」
「え〜〜〜」
「いいじゃない。運動運動!1週間後学校だよ?最近ゲームばかりだしたまには散歩にでも行ってきなよ。」
会話の途中の間が気になるが。
散歩は嫌いじゃないし、まぁいいかとお使いも承諾した。
空は青く晴れていた。
少し吹く風が心地よい。
近くのスーパーで牛乳と、ホームセンターで掃除用の詰め替えを買う。…これ絶対今じゃなくていいでしょ。
さっきの会話を思い出す。
ゆう君戻ってくるのかー。
どんな会話しよう。
さすがにジャングルジムは、もう小さいし。
ゲームのフレンド申請でもして、、あれ。ゲーム機ってなに使ってるのかな。てか持ってるのか?
そんなことを悶々と考えてると気づいたら、昔よくジャングルジムで遊んでいた公園まで歩いていた。
あの頃、遠くにあると思っていた公園は実は割と近くの近所だった。小さい頃なんてものはきっとこんなものだろう。
「懐かしいな、、ん?」
公園は珍しく子供がいなくて、ジャングルジムの近くに、ゆう君のお母さんが1人、何やら遊具を見つめて立っていた。
声をかけるか迷ったが、何となく足はそっちに向かった。
「あ、あの。えっと。ゆう君のお母さんですか?お久しぶりで…」
声にピクリと肩を震わせこちらを向くその人は。
ゆう君の
お母さん
じゃない……!!!
「あ!すみません!!知り合いに似ていて!」
はっっっず!!!なんで俺声かけた!?!
人違いとか!ジャングルジムの近くにいたからって!!
あー、うー、とワタワタしてるとこちらの様子を伺うようにその人は声を掛けてきた。
「…あきら君?」
「…え、あ、はい。えとなんで名前、、」
「………ゆうだよ。」
「……………え。」
「だから、ゆうだよ。ジャングルジムで一緒に遊んだ。」
「……………………ん????」
風が吹き、伸ばしてある長い髪がふわりと流れる。
頭の中は真っ白だった。
*
「あーーー、言えなかったなぁ。。」
あきらを、買い物に行かせ、リビングで独りごちる。
ゆう君はゆう 君 じゃなくて、ゆう ちゃん なんだよ。
そう言おうとしていたのに。
お年頃の我が子になんて言えばいいのか分からなかった。
この発端は初めてゆうちゃん達と会った時だった。
子供同士の挨拶を終え、あきら達はジャングルジムで遊んでいる。遠目でそれを確認しながら新しいママ友と話が弾んだ。
「え、女の子なんですね。ゆうちゃん。」
「そうなんです。」
短髪に、小麦色の肌、青い短パンにTシャツ。
「てっきり男の子かと、、大変失礼しました。」
「いえいえ、よく言われるんです。それに、あの子も正直自分のことを男の子と思ってるみたいで、、」
「え?」
話を聞くと。
髪を伸ばすのも、スカートも、女の子らしいものが苦手らしい。かわいいよりかっこいい。おままごとより戦闘ごっこ。
「園ではまだそこまで浮いたりしてないみたいですが、敏感な女の子達とかには距離を取られたりしてるみたいで、、ゆうはあまり気にしてないみたいなのですが、親としてはこれからが心配です。」
自分の子が感じることを否定してあげたくない。
「すみません、急にこんな話を、」
「っいえいえ!驚かなかったと言えば嘘になりますが、そういった感覚の子もいらっしゃると言いますし、、親として心配になるのも分かります。」
「ありがとうございます。あの子にちゃんとこれから考えていってもらいたいと思っていて。。あの、それでなんですが、遊ぶ時とかにあまり女の子云々は本人に言わないで貰えると、、」
「……分かりました。ゆう君に合わせるようにしますね。」
「!ありがとうございます…!よく近所の方にはこの件で色々言われていて。。」
ゆう君ママはオドオドとこちらの様子を見ながら話をしてくれた。
、、きっとこれまでたくさん悩んだろうな。今この時も。
普通ならきっと、女の子は女の子らしく。
男の子は男の子らしく。って親は言ってしまうだろう。ゆう君ママはそれを否定せず、自分の子が選択するのを待っている。色んな機会を作りながら。
強いひとだな。
私だったら同じことが出来たかな。
親の言葉というのは子供にとって、時には足枷になってしまうと思うから。
家庭の事情に色々言うのもおかしいし、何より本人達は友達として楽しそうに笑っている。
それで今はいいじゃない。
とはあの時確かに思っていたが。
いざ数年経つとなんと説明すればいいのやら。
電話によると今ゆうちゃんはボーイッシュな部分はあるが、自分を女の子として自覚し、拒否することもなく過ごしているらしい。
「…とりあえずあの時の事情と経緯を素直に話すか。」
あきらが帰ってくる前に自分なりの答えを出し、リビングの掃除のために椅子から重い腰を上げたのだった。
*
「…落ち着いた?」
「な、なんとなくは」
公園のベンチに2人並んで座る。
ゆうちゃん?さん?から、当時のことを聞いた。
あの時は自分は性別がよくわかっていなくて、遊んでる時も特に何も気にしてなかったこと。
だから髪が短かったのも、なんでそれを周りの子に変と言われるのかもよく理解出来なかったこと。
そうか。そう言うこともあるのかもしれないと話を聞いていて思った。
「今は自分は女だってわかってるし別にスカート履くのだってなんとも思わなくなったけどね。」
「そ、そっか。」
いや、それはいいとしてこれはどうすればいいんだ。正直クラスの女の子ともそこまで喋らないし、名前だってなんてら呼べばいいのか。。
「驚かせちゃったよね。ごめんね。」
「い、いや!大丈夫。…あの、とりあえず、なんて呼べばいい?」
「え?んんん。普通に、ゆう でいいよ」
ゆう。呼び捨て。まじか、あんまり慣れないな。
ていうかまだ変に緊張する。だってあの頃の憧れは実は女の子で、しかも、
しかも、ゆうは可愛かったから。
むず痒い。いけない感情をもってしまったようで。
「っあ〜!スッキリした!本当は、緊張してたんだよね!絶対私のこと男だと思ってるだろうし、なんて話そうって、転校決まった時からずっと迷ってて」
ゆうはなにか吹っ切れたように、先程から打って変わってペラペラと話し出す。そういえば、昔からおしゃべりだったな。
思わずくくっと笑ってしまった。
「え?え?なに??」
「いや、、俺もびっくりやら緊張やらでなんて言えば分かんなかったけど、結構変わんないんだなって。」
元気なところも、楽しそうに喋るのも。
その後、しばらく当時のジャングルジムでのことやこれまでの小学校のことを話した。
気づいたら時間が経っていて、お昼のチャイムが鳴る。そろそろ帰らないとお母さんに心配されそうだ。
「そろそろ帰るか。」
「そうだね、帰ろっか。」
公園の前で別れる。
あの頃のように。
「じゃあ、あきら!新学期からよろしくね!」
「うん。こちらこそ。」
「同じクラスだといいね!」
「それは、、どうかな、、」
「え!!なんでよ〜!」
カラカラと2人で笑う。
今度こそ手を振りお互いに家へと向かった。
もやもやしながらなんとなく歩いていた道も、
帰り道はなんでか足が軽かった。
早く新学期来い なんてらしくないことを思った。
*
驚いていたなあきら君。
でも昔から人から向けられることが多かった嫌悪感ある表情は一度もされなかった。
否定も、変に気遣う素振りもなかった。
記憶に薄い、ジャングルジムのあきら君。
あれから数年たってはいるが、
変わらないでいてくれた。
なんだか心が暖かいな。ほかほかする。
変なの。
「夏だからかなぁ、」
正体不明なこの 暖かい感情 は、いずれ形を変えて私を悩ますことになるのだが、この時の私はそんなこと知る由もなかったのだった。
きっかけは『ジャングルジム』。
それと
変わらないでいてくれた君だった。
昔から、私はひとり遊びをよくしていた。
引っ込み思案で人と会話するのが恐かった。
それと ―――――
「さや〜、おまたせぇ!
ごめんね、待たせちゃって。」
「大丈夫だよ。帰ろっか。」
放課後の帰りを待ち合わせていた友人のアヤカは、いつも元気で、みんなからもよく頼られるムードメーカー的な存在。
幼稚園よりも前から中学に上がった今まで、ずっと一緒にいる私の幼なじみだ。
「でさ〜、、」
「…」
「…さや?大丈夫?」
「え、、あ、大丈夫!ごめん!なんだっけ?」
「…あのさ、さっきトモコ達が色々言ってたけど、気にしちゃだめだからね。」
色々 というのは。
今日最後の体育の授業、後片付けを行ってた時だった。私とアヤカが用具準備室へとボールを運んでいると、中から何やらヒソヒソと話し声が聞こえてきた。
その内容に思わず、足を止めて息も潜めてしまう。
「さやがさ、たまに誰もいないところで何か言ってるんだよね、」
「あの子小学生の頃からそんな感じだよ」
「私には幽霊が見えるの〜的な?不思議ちゃんキャラかよw」
「かまって欲しいんじゃない??」
「なにそれw」
「まぁ、正直ちょっとね、、」
「気味が悪いって言うか」
「…変わってる子だよねー。。」
またか。
というのが正直な感想。
元々周りの人と自分の雰囲気や感じ方がズレてるのはもう理解している。
小学生の頃はそのズレを理解出来ずに苦労したし苦しんだ。
いや、今でも苦しい。
それでも最近はこれでも 普通 に慣れて来ているのに。
久しぶりに自分への陰口にちょっと傷ついた。
(ボール片付けられないな…アヤカは、、)
自分も気まずいがこの状況にアヤカの反応が気になった。
ガラガラッ
「「!!」」
「あれー?トモコ達ここにいたの。あたしらのボールで片付け最後だよー!先生が最後の号令の為に集まれってさ。先に行ってて」
「あ…あぁ!おっけー!アヤカありがと!」
「はいよー」
アヤカが笑顔で返事をすると、中で話していた女子たちはバタバタと用具準備室から走っていった。
何食わぬ顔で、何も知りませんよ、聞いてませんよ風で、私もすれ違う。
すれ違った後、後ろからはこちらの様子をちらりと確認して(今の聞こえてた?)(やば〜)と会話がうっすらと聞こえる。
アヤカはこういう立ち回りが上手いと思う。
それで何度も私は助けられてる。
「ボールってどの棚だっけ?」
「、奥の2段目。」
「そうだった!ありがとう!」
何事も無かったようにアヤカはボールを片付けていく。
こうゆう時、普段と変わらず対応してくれる人。対応できる人ってかなり少ないんじゃないだろうか。
何も変わらない。
それが私にとって、どんなにありがたいことか。
「アヤカ、」
「ん?」
「…ありがとう。」
「…ん」
帰り道、アヤカの話を聞きながら私はさっきトモコ達が話していた内容を頭で改めて噛み砕いていた。こういうことは以外と時間が経ってから心にズシリとくるものだ。
気にしちゃだめだからね というアヤカの言葉に うん と返す。
「さやはさ、まだ周りからの声とか影とか、昔言ってたような別の何かは見えてるの?」
「…うん。最近減ってきた方なんだけどね、私的には。」
「そっか。最近そういうこと言わなくなってたから、もしかしたらもう見えたりしないかなーと思ってた。」
「んー、正直…慣れだよね。これは。」
「慣れ、、なのかな…?」
アヤカは私の言葉に疑問符をうかべる。
「今でもあれらのことはよく分からないけどさ、昔みたいに訳の分からない恐怖はだいぶ減ったよ。''そうゆうものなんだ''って、無理やりでも納得すると、見えても「またいるなー」とか、聞こえても「何か言ってるなー」って。ちゃんと内容を聞かなくなったしね。」
「だいぶ図太くなったねぇ、さや。」
アヤカはくすくすと笑う。
「…あたしは、話を聞いてあげることしか出来ないからさ。聞いて、さやの思ったこととか感じたこととか。想像しか出来ないから。苦しい時とか辛い時とかは直ぐに言ってね。」
「うん。いつもありがとうアヤカ」
へへへっとアヤカは笑う。
ありがとう。アヤカ。
でもこれはしょうがない事だから。
見えちゃうのは。
聞こえちゃうのは。
それを感じてしまうのは。
もう割り切るしかないんだよ。
話を聞いてくれる友達がいる。
理解してくれてる人か身近にいる。
それだけで、私はとても恵まれている。
親も信じてくれなかったこと。
子供の作り話だと真剣に聞いてくれない大人に囲まれて一番辛かった時に、話を真剣に聞いてくれたアヤカ。
今だって、クラスの子から色々と言われているのにいつもと変わらずそばにいてくれる。
この先もこれのせいで辛いことがあるのかもしれない。
それでも。
「…ね、さや。」
「なに?」
「何が見えようが、感じようが、さやはさやだからね。」
「!」
なんで欲しい言葉が、
この幼馴染にはわかるんだろう。
「…うん!」
人と変わっていようがなんだろうが私はわたし。
私はわたしを否定したくないし、自分自身を受け入れたい。
最後に私たちは笑いあった。
*
side A
あたしの幼馴染は、昔から 何か を感じるらしい。
それは時に影であったり、話し声だったり。
とにかくそれはあたしにはない感覚だった。
初めて話をしてくれた時、さやは泣いていた。
そりゃそうでしょ。誰だって怖いよそんなの。
さやはすごいよ。あたしじゃきっと耐えられない。
でも昔、さやと少し会話でぶつかったことがある。
いつものようにさやは耳を塞いで、この時も 声が聞こえる と辛そうだった。
声はさやに何かを囁いていたらしい。
さやはそれを聞いて泣いていた。
その時の私はやはりまだ子供で、ズカズカとさやに何を聞かれたのかとか興味本位で聞きまくった。
さやの気持ちも考えないで。
「なんで分からないの!?なんできこえないの?!
なんで、、なんで、私だけなのぉ…」
悲痛な叫び
あの時のさやの苦しい辛い恐い全てが詰まった表情を私は忘れられない。
さやは昔から周りの子達に優しかった。
そんな優しさに 何か も近づきたくなるのだろうか。
あたしは、人一倍優しい大切な友達をもうこれ以上傷つけたくない。
周りの友達や大人たちは私は頼れると、誰にでも優しく人への気遣いができる人だと言う。
でもそれを全て教えてくれたのは間違いなくさやだった。
「さや、私の方こそありがとう。」
普段は照れくさいけれど、今伝えたいと思った。
「???え、何が??」
なんのことか分からない。という顔だ。
「っはは!さや変な顔〜」
「ちょっ、今のはアヤカがおかしくない?!」
いつも通りの帰り道。私たちはいつもと変わらずわらいあっていた。
『声が聞こえる』
――でもあなたがいるならその声も、
もう気にならない
落ちた と思った。
足元が崩れて落下していくような、急にふわりと無重力になったような、そんな感覚だ。
不快感はない。ただ今まで経験のないことだったので怖かった。
怖い?ちょっと違う。不安?それも違うような。
ただ知りもしないこの感覚は、ほんのり暖かくて、ふわふわして、なんとも形容しがたい。
「あ〜マジか。。」
これが噂の。まさか自分が??
女らしいなんて言葉とは程遠い、男勝りだなんだと言われて16年。
あたしは今日、
どうやら
初めて
恋とやらに落ちたらしい。
「どうするんだよこんなもの。。」
頭を抱えてしゃがみ込んだ。
吐き出した言葉は誰にも届かず静かに空気にとけていった。