故郷を出てから、ずっとこの車で走り続けた。
最初は三人、楽しい旅路だったけど、都で二人を下ろすことに決めた。この車はここよりずっと幸せな場所に行く気はしてなかったから。二人は今幸せなのだろうか。他の人に盗られるくらいだったら、親友に妹を任せたい。
そしてそのすぐ後に、一人の子供が乗った。勝手に乗り込んだらしく、この先へと連れて行くしかなかった。これ以上連れて行きたくない、そう思っていた矢先、子供はいなくなった。彼は神様だった、今ではそう思っている。
ばあさまの言いつけや村の風習で始まったこの旅だが、どこに向かっているのかずっとわからないままだった。でも、ようやくその意味がわかるのだ。
車は極限まで、いやそれを超えて速度を上げているようだった。車体は軋み、大きなエネルギーが生成されては、吐き出された。
幾日か前の休憩をとってから、どれだけの時間が経っただろう。今にも崩壊しそうな車体は爆音を立て始めた。
ただ、何も感じないし、考えることもなかった。ハンドルをつかむ手に意識があるはずもなく、儚さのようなものが身体を駆け巡ることもある。
この先に答えがあるかもしれない、という高揚感はもう薄れていた。
そのとき、車体の屋根に付けられたプロペラが回り始めた。
旅の中で集められてきた力が、今解放された。
「きみにはまだ早すぎるよ」
私は燃え始めた森の中を走った。森が燃えるその炭の匂いが私を焦らせた。空は異様に藍色に澄んでいる。
青いマントの彼の姿を探していた。彼はいつだって森の動物たちに囲まれているから、すぐに見つかった。ところが動物たちは火から逃げ惑うだけで、少しもその場所を教えてくれない。
そのとき、彼の残像が目の前を通り過ぎた。私の周りを飛来して、走る私と併走した。
やあ、といつものように短く挨拶をする。
どうも、なんて返す余裕など私にはなかった。
「きみはどこにいるの?」
「ここにいるじゃない」
「きみはそんなに飛び回らないだろう?」
「隠していたんだよ」
「お願いだから、どこにいるか教えて」
私は彼の軽口には乗らずに懇願した。
彼はやっと真面目な顔になった。
「大丈夫、僕は一番安全な場所にいるから」
「安全?」
「そう。森や動物たちが包んでくれてるから……もちろん君も」
「私が? それってどこなの?」
彼は私の言葉を聞こうとしない。勢いよく私の目の前に滑空した。そのまま私の目を覗き込む。
「だからもう大丈夫だよ。心配しないで」
私はその手を必死に伸ばしたが、空を切る。何かをつかむこともない。
歳をとった今でも悔いている。自分の手を見つめてあの子のことを思う。
「神様になるのは……きみにはまだ早すぎるよ」
そのときいいたかったことを思い出した。ただそれ以上に今、きみに伝えたいことがある。
「私の方がもっと、ずっと早すぎるよ」
見下ろした先には青い惑星が浮かんでいる。彼の命が確かに宿っている。
『次は君が愛をあげる番だよ。』
中学生くらいに見える女の子が目の前で杖を振り回している。
白い筐体の上に乗り、あちこちのものを飛び移り、ときに魔法の言葉を口にした。
『幸せになりたいんじゃなくて、幸せにするんだよ。』
僕はなんでこんなところにいるんだったか、よくわからない。何か相談ごとをこの子にしたんだろうか。
『ねえ、聞いてるの?』
女の子はいつのまにか目の前に来ていて、僕の顔をまじまじと見ている。
色とりどりの布をつぎはぎして作った服、先のとんがった緑の靴……。
次の瞬間、目の前が弾けた。どうやら杖を頭に食らったようだ。
『そもそも君が幸せじゃなくちゃいけないの。』
また杖を振り回して、僕に向ける。
『そして、君の中で余った幸せを人にあげるものなの。愛するってそういうことでしょ?』
僕は夢から覚めたように、とうとう口を開いた。
「きみにはかなわないよ。愛してる。」
そして妻の名前を呼んだ。