KararaK

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2/26/2026, 3:13:36 PM

 押し入れの奥から、古いノートが出てきた。
 表紙にはいつもの自分より丁寧な字で、「将来は小説家になる」と書いてある。
 苦笑いしながらページを開くと、青いインクでびっしりと物語の断片が並んでいた。
 世界を救う少女。
 雨の中で再会する恋人。
 どれも拙いけれど、まっすぐだった。
 文字に命が宿っている。
 

 あの頃の僕は、本気で信じていた。言葉で生きていけると。
 今の僕は、会社のデスクで報告書を書いている。
 締切はあるけれど、物語はない。
 帰宅しても、キーボードを開くことは減った。


 ノートの余白に、小さくこう書いてある。
 「絶対に諦めない」
 思わず笑ってしまった。
 
 「君は今、僕に失望しているかな」

 物語への想いだけは、ずっと変わらない。
 でも、目の前の白い画面は、何時間たっても白いままだった。
 

 あの頃の僕は、まぶしすぎた。今の僕は、その影だ。



『君は今』

2/26/2026, 5:55:00 AM

 今日の空は灰色だった。
 光は薄く、影は曖昧で、建物の輪郭だけがやけにくっきりしている。

 電車の中で、誰かが小さくため息をつく。車内モニターには、灰色の雲の映像とともに「低気圧による気分の落ち込みに注意」と流れている。
 そうか、だから今朝、なかなか布団から出られなかったのか。昨日も、その前もだけど。

 昼休み、屋上に出た。分厚い灰色の雲が、空を覆っている。
 私はスマートフォンを取り出し、天気を確認する。降水確率70%。
 雨は、まだ降らない。

 
 しばらく空をながめていると、ふと、良いな。と、思った。それだけ。
 雲は、ただ風に押されている。
 どこか知らない場所へ。
 


 手に小さな振動を感じて、画面を見る。
 私は文字を打とうとしたのに、指はなぜか電源をオフにしてしまった。

 だって、今日は曇りだから。しょうがない。
 大丈夫。雨が降れば、たぶん元気になるから。
 
 今日の私は、全てをこの物憂げな空のせいにする。



『物憂げな空』

2/25/2026, 3:00:21 AM

 昼間より更に静まりかえった研究室に残っているのは、私だけだった。
 培養皿を顕微鏡のステージに置き、レンズを下ろす。視界はぼやけた灰色からゆっくりと透明な宇宙へ変わっていった。そこへ、震えるように、しかし確かに動いている単細胞生物の姿が現れる。
 たった一つの細胞でできた命。
 私は記録用のノートを開きながら、ふと思った。
 この小さな存在に、名前はない。
 番号だけがある。
 ピントを微調整し、像をハッキリさせる。

 その瞬間、彼らは“点”ではなくなった。
 動きに癖がある。
 壁際を好む個体。
 ゆっくり回転する個体。
 私は無意識に、それを「彼」と呼んでいた。

 今日の実験は、薬剤の反応を見ることだった。スポイトの先から、透明な液体を一滴。
 顕微鏡の中の世界が揺れる。
 数秒後、彼らの動きが鈍くなる。
 震えが止まる。
 一つ、また一つ。
 私は記録を取る。
 時刻、濃度、変化。
 指先は正確だった。
 ほんの少しの躊躇いなど、日々の繰り返しの前では無意味だ。

 感情は、記録欄に入らない。

 最後の一匹が、ふらりと回転した。
 彼は壁に触れ、離れ、また触れた。
 まるで出口を探すように。
 そして、止まった。

 私はレンズから目を離す。
 視界が急に広がる。
 蛍光灯の白さが、やけに強い。

 ただの実験だ。
 研究とは、そういうものだ。
 でもさっきまで確かに動いていたものが、今は静止している。私の行いによって。

 私は神様ではない。

 それでも、レンズの向こうで止まった小さな命は、私の中で、少しだけ重い。
 顕微鏡の電源を落とす。レンズを外した瞬間、世界はまた、何もなかったふりをした。



『小さな命』

2/24/2026, 3:35:21 AM

 私たちは恋人じゃない。
 同じクラスで、席が前後で、放課後になるとくだらない話を送り合う。ただそれだけだ。テスト前には通話をして、文化祭では一緒に段ボールを運んだ。名前のない関係。でも、それでよかった。だって居心地が良い。向こうだってそうに違いないハズ。

 LINEの最後には、いつも軽く「luv u笑」とつく。これは冗談の合図。深くならないための約束みたいなもの。
 でも、私から最初に送ったときは緊張したな。この合図は、一生懸命考えたんだ。
 だって壊れたら困る。毎日同じ教室にいるのだから。それに、もう話も出来なくなる可能性があるなんて、考えたくもなかった。

 その夜、彼から珍しく弱いメッセージが届いた。
 「今日ちょっときついわ」
 私は何度も打っては消す。
 「大丈夫?」も「がんばれ」もしっくりこない。

 指が止まる。
 心臓が、時が来たのを教えてくれる。
 いつもの「luv u」を消す。
 代わりに、ゆっくり打つ。

 「Love you」

 送信した瞬間、既読がつく。
 心臓の音だけがうるさい。自分が熱いのか冷えていってるのか分かんない。
 しばらくして届いた返信は、短い一行だった。
 「俺も」

 翌朝、教室で目が合う。ほんの数秒間、緊張。でもそれがなんだかおかしくて二人で笑った。親密な空気が、ちょっと照れくさいけどめちゃくちゃ嬉しい。
 私たちは壊れなかった。むしろ、昨日より少しだけ近い。



『Love you』

2/22/2026, 11:27:01 PM

 人間は無いものねだりだというけれど、私は太陽のような存在感が欲しいと思っている。それは学生の頃からずっとだ。


 同じ部署の彼女は、いつも明るい。失敗しても笑い、誰かが落ち込んでいれば、何も言わず隣に立つ。窓から差す朝日みたいに、そこにいるだけで空気がやわらぐ。
 私はその光を、少し離れた席から浴びている。

 ある朝、始業前の給湯室で彼女が小さく息をつくのを聞いた。デスクに向かって歩いてくる顔は、ほんの少し雲がかかっているようで、いつもより光が薄い。
 太陽にも昇る前の暗さがあるものだと、大人になってやっと気が付いた。

 その日、私は初めて自分から挨拶をした。
 「おはようございます」
 私を見て、彼女はやわらかく笑った。

 太陽のようにはなれないかもしれない。それでも、誰かにほんの小さな光を足せる人にはなりたい。



『太陽のような』

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