アカウントを削除した瞬間、画面は真っ白になった。
私の全てだったフォロワー数6,394の数字は、驚くほど軽く消えた。
私は0になった。
新しいアカウントを作る。フォロワーは0。投稿も0。プロフィールには名前だけを書く。余計な肩書きはつけない。
最初の配信は、夜の台所だった。母がきっと壊してしまったのだろう、白い破片が床に散らばっていた。
コンロの青い火と、湯の沸く音。私は黙ってスープを作る。誰もコメントしない。視聴者数は0のまま動かない。それでも、胸は不思議と静かだった。
台本も、演出も、泣き声も、壊れた食器もいらない。新しい今だけの私がここにいる。
画面の隅に、小さく数字が変わる。
「1人が視聴中」
コメントはない。ただ、誰かがそこにいる。
0からの私は少し緊張して「はじめまして」と言った。
『0からの』
涙は、練習すれば出せる。
まばたきを減らし、息を浅くして、可哀想なドラマの主人公の気持ちになりきる。
カメラの向こうでは「こんなに大変なのに強いね」「泣かないで」と優しい文字が流れ、同情は数字になって積み上がる。
私はその数字で出来ていた。
今夜も、父が帰ってこない。メッセージには既読もつかない。別の部屋では母がなにか大きな音を立てている。
台本はないのに、配信ボタンを押してしまう。画面に映る自分は、思ったより醜い顔で泣いていた。声が震えて、うまく喋れない。
コメントはすぐに流れた。「今日リアルだね」「設定強化?」「ちょっと暗いよ」。視聴者数が、静かに減っていく。
私が減っていく。
私はようやく知る。みんなが優しかったのは、私のためじゃない。泣ける物語のためだったのだ。
配信を切ると、部屋はただの夜に戻る。通知は鳴らない。布団の中で声を殺したとき、初めて本当の涙の味がした。
私はみんなの中からいなくなった。
『同情』