君の目を見つめるとジロジロ見るなと言われるし、人が話しているときは相手の目を見ろとも言われる。
言葉を発している間だけ目を見て、言葉が止んだ瞬間目を逸らすということか、忙しい。
この矛盾に対して何が問題なのか考えたところ、その差はジロジロであった。
ジロジロはダメなのである。
では、キョロキョロ、しげしげ、ちらちら、ぎろぎろ、ぱちぱち……。
他もダメなのである。
だから、私はあなたの目を見ることが上手くいかない。
オノマトペ無しで見なくてはならない。
目は口ほどに物を言うとも言いますが、どうやら目はオノマトペでも語ってしまうらしい。
だから、見るに関するオノマトペは言ってはならないという結論です。
満月の下、街道を外れ崖の方までジリジリと鍔迫り合いが続いていた。
何かの弾みか、ふたりは同時に飛び退いた。
そして同時に振り下された刀がギラリ。
肉を斬る手応えが空気を震わせた。
ふたりともどうと崩れ落ちた。
あたりから人の気配が消え、静寂が訪れた。
何刻経ったか、満月が沈み、雲間の星明かりで一人が立ち上がった。もう一人も、いつの間にか立ちあがっていた。
互いに気づいた瞬間、刀を探しもう一度構えようとするが……。
「ぬし、もうよそうではないか」
ひとりが声をかけた。
「親の仇とはいえ見ず知らずの貴公を斬り捨ててもなにも残らん」
「待て待て。おぬしはまだ生きておるのか? 先ほど確かな手ごたえを刀身から感じたが……」
「拙者も感じたが……、死んでなくとも相当な痛みのはず……」
「そちらこそ相当の手負いのはずだが……」
「妙だな」
「身体に付く血はおぬしのもののはず……」
「それは己の血であろう」
「拙者は痛みも感じない」
雲がきれ、星空の下で辺りがうっすらと見えてきた。
ふたりの間にひとりの男が倒れている。
「……これは」
「……まさか」
ふたりの声が同時に出た。
……倒れているのは、拙者か
「はて、面妖な……」
「返り討ちですまぬ」
……いや、かまわん、己の修練が未熟だっただけのこと
「いや、剣さばきは見事であった。勝負は互いの力ではなく、天の思召し」
……無念ではあるが、ぬしと話せてよかった
「早くに知古を得ておれば、そして親の因果がなければ、良き友となれたものを」
……いかにも、今となっては仇よりもそれが無念なり
そして互いに手を差し出すも空を切るだけであった。
……さらばじゃ、いずれ天の拙者を訪ねて参れ
「必ずや」
……
言葉出さずに正義を成す。心眼豪傑拳を学ぶ俺は、修行半ばで悪の組織にお師匠様が殺されてしまった。その後の修行は独学で行い、なんとか心眼豪傑拳Bくらいまで高めることができた。その時、空から内なる心に直接『…それでいい……』とお師匠様の声が響いた。お師匠様が見守ってくれている!
よし。修行とともに復讐の旅に出よう。お師匠様を殺めた組織を壊滅させるのだ。
『…それでいい……』
最初の村に着く。
娘さん、ここらで飯を食べるところはないか?
「はい、私の家では握り飯を売っております。梅干しと塩結びのどちらがよろしいでしょう?」
そうな、梅干しをいただこう。
『…それでいい……』
あ、お師匠様は梅干しお好きだったな……
娘さん、どこか泊まるところはないか?
「我が家は旅籠でもあります」
お聞きはしてみたが、実は私は修行の身、銭を持たない。薪を割って払うでよいか?
『…それでいい……』
お師匠様、静かに!
「は?」
いや、こちらのことでござる。
「では、薪割りと一晩の用心棒としてご滞在ということで……」
何か訳があるのか?
「実は毎晩、悪人どもがこの村にきて暴れる奪うの大騒ぎなのです」
そうか、修行がてらお守りしんぜよう。
『…それでいい……』
さて。陽が落ち店先の提灯が灯されると村は昼とは別の賑わいを見せる。そこへ西から強面のごろつきがゾロゾロとやってきた。
狼藉者とは奴等か?
「はい」
まかせておけ。
『…それでいい……』
こら待ちなさい。この村に入れるわけにはいかぬ。
「なんだ、お前は? 一人で何ができるってんだ、者ども、かかれ!」
手にした鞘を振り払い、並ぶ抜き身が10本! そのうちの一本がギラリと光るが……。
えいっ。
Bとはいえ心眼豪傑拳、バタと一人倒れる。
『…それでいい……』
次の一本は下から切り上げられるが、
えいっ。
『…それでいい……』
次は正面から切先が現れる。
えいっ。
『…それでいい……』
お師匠様、少し静かにしていてください!
『…それでいい……』
「何をぶつぶつ言っているんだ。今日のところは許してやろう。者ども、引き上げるぞ!」
ふう、ふう、はあ、はあ。
息が荒く自分の修行の至らなさを感じる。
『…それでいい……』
いや、これで良いのでしょうか?
『…それでいい……』
お師匠様はそれしか伝えられないのですね……
『…それでいい……』
お師匠様は喋り過ぎ、破門にします!
『…それでいい……わけなかろう……』
……。
あ、違うことも言えるじゃん!
兄弟姉妹が多かったので、いつもお菓子は1つだけと言われて育った。小粒のチョコレートがたくさん入った箱も、1つだけ、1つだけと言い合って大事にみんなで分けた。どれにしようかと、それだけで楽しかったし、ジャンケンで決めたりも盛り上がった。
それが、いつのまにか2つでいいことになり、結局私一人だけで食べるようになった。
ちょっと淋しい。
末っ子のひとりごと。
大切なもの、と言えるかどうか。
小学校の頃に仲良しだった友だちが引っ越すときにくれた石がある。みかん2つくらいの大きさで1センチくらいの穴がいくつか空いていて中でつながっている。紐を通したりして遊んでみたが不思議な形というだけで面白くはない。彼の宝物だったのだが、どうしてもくれるというのでもらったのだ。
その友だちは、あまり恵まれずに両親が離婚して引っ越したと後から母親に聞いた。そんな暗いことなど感じさせず、いつも大きな声で笑いあった仲だった。今にして思えば僕と遊ぶ時だけ辛い環境から解放されていたのだろう。楽しく遊んでいたことばかりが思い出される。
その石は不思議なことに鳴ることがあった。
貝殻を耳に当てると海の音が聞こえるとかあるがそんな感じで、この穴が鳴るらしい。小さい時はそういうものだと思っていたが、風のない家の中でも時々鳴るので、だんだん気味が悪くなってきた。そして、何か友だちの叫びか伝わってきている感じがした。母から事情を聞いたからそう考えたのかもしれない。
でも楽しかった子どもの頃の思い出があり捨てられず、机の奥にしまい込んでいた。
それでも微かに音が聞こえる時があった。
ある時、都会で殺人事件があり犯人はその場で逮捕された。何人かが亡くなり、大勢が怪我をした。そのニュースを見てびっくりしたのは、男の名前がその友だちと同じだったからだ。年齢も同じくらい。表情は上着を被っていてよくはわからない。
心臓がバクバクした。
自分の部屋に行くとあの石が鳴っていた。
うぉーん、うぉーんといつもより激しく鳴っており、僕にはどうすることもできなかった。