世界は誰かの大きな脳の中。
人と人の絆はシナプス結合みたいなものだと思う。神経細胞と神経細胞がつながる接点で、そこを通って信号が行き来する。
そこに絆がある。
「だから、俺とお前は太い絆で結ばれているのさ。」
そう言うと彼女が言った。
「え? 赤い糸じゃないの?」
赤い糸は、たぶん神経線維だろう。信号を運ぶ長いケーブルみたいなものだ。
『絆』と『赤い糸』、どちらが本当の愛なんだろう?
たまにはこっちの道から帰ろう。
いつも地元駅の北口から出るのにちょっと曲がって南口から出てみた。どちらから出てもしばらくは線路に並行して歩くので距離的にはあまり変わらない。
いつもと違う風景……のはずが、妙に見慣れている。
あれ? もしかして「たまには」といいつつも、こっちから帰ることが多いのかな?
大好きな君に大好き大好きとそればかり考えていたらゲシュタルト崩壊した。それでも私は君が大好き。
あたし、お雛様。
普段は暗闇の中でじっとしてるけど、年に一回、衆人の前に晒されるの。実は、それがちょっと厭なのよ。お内裏様と一緒だけど全然かまってくれないし。彼ったらいつも正面ばかり見つめて振り向いてくれないのよ。寂しいわ。でもね、ここ数年、ちょっと気になる人ができたのよ。暗闇の板越しに、兜や刀の音が微かに聞こえるのよね。若々しく逞しい気配を感じるの。誰かしら? その方も年に一回、どこかへ連れていかれちゃうみたいなの、だからきっと同じ境遇なのよ。お会いしたいわ。あっ、お内裏様には内緒ね。
「ここがあの有名な病室なんですね」
この病室に入るためにはモノスゴイ確率の引きが必要と言われている。お金でどうこうなる話ではない。そこに入ることができた。ここならあと1年は生きながらえるに違いない。末期がんの私にとって今やたった1つの希望だった。少し元気が出てきた気がする。
「そうです。O.ヘンリが書いたノンフィクションのあの部屋ですよ。でもすみません、実は絵描きがパリにおりまして、この病院に絵心のあるものが一人もおりません。いやそれ以前に、窓の外をご覧なさい、葉はもう落ちているのです。冬の閑散期なのです。だから、少々お安く、倍率も低かったのですよ」
そうなのか。でもまあご利益ありそうだな。
窓ガラスを見てみると何度も書き直されたような葉っぱの跡がうっすら残っていた。
ある日、窓の外を見ていると枯れ木の向こうの病室に一人の少女が見えた。枯れ木は内庭にあり、ぐるりと回ってあちら側にも病室があるのだ。その少女は悲しそうに枯れ木を見ているようだ。この枯れ木では寂しすぎて元気も出ないだろう。よし、この窓に私が何か描いてやれ。葉っぱを描いて、もう一枚描いて、せっかくだから花も咲かせて日差しも描いてみた……。毎日毎日、そっとベッドから立ち上がり描き足していった。向かいの病室からこちらが見えるだろうか。少しは元気になっただろうか……。
ある朝、少女が窓辺に立ち、こちらを見ているように見えた。顔色もよくなっているように感じた。
そのとき、胸の奥で何かが静かに収まった。
そうか、俺は死ぬ側だったんだ。