普段から甘党を口外している自分のところにはバレンタインのチョコレートなんて全く届かないけど、甘いものなんて食べねーよ的な硬派なやつのところばかりチョコレートが届くのは、何か人類設計のバグなのか?
「待ってて」と言って彼女はお店に入る。しばらくして出てくると大きな袋をぶら下げていて、「はいっ」と渡してくる。彼女の買い物に付き合っているのだ。まあ、体のよい荷物持ちでもある。そりゃ俺だって本屋を渡り歩いて次々と本を買う時もあるよ。彼女の場合はそれがブティックとか、なんだろね、お洋服を買うのだ。次々と。これじゃ身につける身体が足りないくらい。何軒かまわり、私の両手が紙袋、おっと、ショッパーね。本屋で言ったら書皮かな、違うか。まあいいや。ショッパーで両手がふさがってしまっている。そしてまた「待ってて」と言って次のお店に入って行く。買い物中は俺は邪魔らしい……。しばらくして出てきたが、今度は自分で持つと言う。こんなデートはありかなしか。別れ際に最後に買ったショッパーを俺に渡してきた。
「これはプレゼント!」
うーん、こんなデートもありだな。
人間は死ぬとほとんどの魂は何もしなくても成仏するのです。ここで「ほとんど」と言わせていただいたのは、強い念を持ったものは地縛霊となってその場に残ってしまうことがあるからです。何か念が叶ったり、なんらかの方法で昇華させないと消えません。また、私はある事象にも気づきました。死ぬ間際、最後に伝えたかったことを言えなかったもどかしい人がそうです。その一言が言えなかったばかりに浮遊霊となってしまうのです。そんなことで? とお考えでしょうが、死ぬ間際、人の思考、感覚はどんどん狭まり、伝えたかった言葉の重みが極大化してしまうのです。そして、それを誰かに伝えたいためだけに現世を彷徨い続けるのです……。
「さっきから、何ぶつぶつ言ってるの?」
「え? 俺じゃないよ」
「念とか、昇華とか、間際とか、何かしらね?」
「なんか不気味だね、そんなことより、どこか行こうよ」
この場所で何があった誰がいた、あの場所で何があった誰がいたと、人付き合いが苦手ですぐに壊してきた人生だから、その土地土地にあまり思い出したくない思いが残っている。電車に乗ってひとまわりするだけで辛い。