太田エイ

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「ここがあの有名な病室なんですね」
この病室に入るためにはモノスゴイ確率の引きが必要と言われている。お金でどうこうなる話ではない。そこに入ることができた。ここならあと1年は生きながらえるに違いない。末期がんの私にとって今やたった1つの希望だった。少し元気が出てきた気がする。

「そうです。O.ヘンリが書いたノンフィクションのあの部屋ですよ。でもすみません、実は絵描きがパリにおりまして、この病院に絵心のあるものが一人もおりません。いやそれ以前に、窓の外をご覧なさい、葉はもう落ちているのです。冬の閑散期なのです。だから、少々お安く、倍率も低かったのですよ」
そうなのか。でもまあご利益ありそうだな。
窓ガラスを見てみると何度も書き直されたような葉っぱの跡がうっすら残っていた。

ある日、窓の外を見ていると枯れ木の向こうの病室に一人の少女が見えた。枯れ木は内庭にあり、ぐるりと回ってあちら側にも病室があるのだ。その少女は悲しそうに枯れ木を見ているようだ。この枯れ木では寂しすぎて元気も出ないだろう。よし、この窓に私が何か描いてやれ。葉っぱを描いて、もう一枚描いて、せっかくだから花も咲かせて日差しも描いてみた……。毎日毎日、そっとベッドから立ち上がり描き足していった。向かいの病室からこちらが見えるだろうか。少しは元気になっただろうか……。

ある朝、少女が窓辺に立ち、こちらを見ているように見えた。顔色もよくなっているように感じた。
そのとき、胸の奥で何かが静かに収まった。

そうか、俺は死ぬ側だったんだ。

3/2/2026, 9:51:11 PM