なにもしたくない、眠ることすらもできないそんな夜。
なにもしたくないというのは多分嘘で、
自分が気づいていないだけで、たった一つ、叶えたい願いがあるのかもしれない。
それを探るために私は筆を取った。
文字を描いている間、虚無で塗りつぶされた私の心が凪に撫でられていく。
私の願いは、心の内を文字で表現すること。
誰にも言えなかった、私の夢。
期待されたくなくて。
からかわれたくなくて。
無理だと言われたくなくて。
貶されたくなくて。
中身も見ないうちに、褒められたくなくて。
私はこっそり筆を置いて、胸の奥深くにしまい込む。
生まれてきたことを祝福されない私は、
生きているだけで課されている、よく分からない社会の義務を疎かにしている私は、
夢を語って追いかけることを許されていない気がするのだ。
私は、
誰かを喜ばせる。
誰かを楽しませる。
誰かを勇気づける。
誰かに希望を与える。
私にはそれができる。
それがまやかしかもしれないことを伝えた上で、彼らの役に立つ言葉を選びとることができる。
彼等は感謝をして旅立っていく。こちらを振り返ることなく。
役に立てて嬉しいと思う。
その裏側で、私は彼等に見せていた笑顔を唐突に失くしてしまう。
彼等はきっと、私を思い出したとしても会いに来てはくれない。元気でやっているかなと思いを馳せてくれるだけで、虚無に塗りつぶされた私を見ることはない。
そう思うと、私が彼らに与えた言葉も、得た喜びも全てが嘘になってしまったように感じる。
私が騙していたのは、去っていった彼らではなく自分自信であると気づく。
けれど私は後悔しない。
だから、同じことをまた繰り返す。
よく分からない社会の義務なんてしらない。
私は私のやり方で、人の役に立てる。
けれど私は認められない。
私の言葉は、確かに彼らに届いていたのに。
きっと彼らは私を思い出さない。
だって私はどうでもよかった。
彼らが私の言葉でどうなろうが、興味がなかった。
だから彼等も、私から興味など失せているだろう。
耳障りのいい言葉だけ覚えて、誰に言われたか思い出せないかもしれない。
それでもいいと、その方がいいと
私は常に思っている。
自分の言葉で、誰かを縛りたくないから。
自分でさえ、自分の言葉に縛られたくないから。
そうしたら、私は誰かにとって耳障りのいい言葉しか選べなくなってしまったのかもしれない。
義務を果たせないから、自ら罰を与えている。
自分で自分の心を牢屋に閉じ込めて、言葉を封じている。
本当はもっと汚い言葉で、汚い心のうちをぶちまけてしまいたい。
だけどやめた。
期待されたくない。
からかわれたくない。
無理だと言われたくない。
貶されたくない。
中身を見て、褒められたくない。
どうせ彼らの言葉の全ては、
私からなにかを搾取するための甘い言葉でしかないのだから。
私のこと、誰も愛さない。
好きだって言ってくれる。
だけどそれは愛じゃない。
みんなが私以外の誰かを愛する度に
私は愛されていないと感じる。
みんな、あなたのことを大切に思ってくれてるって。
そう言われても私は信じない。
だって私はずっと、
私じゃない誰かのために頑張ってる。
私が私のために動くことを、誰も望まない。
だから私は、私を大切にするために、
私の為に動くのをやめた。
私自身を大切にしてだって。
バカみたいだ。
じゃあ、あなたたちの言葉でどうして私は傷ついているの。
あの人はすごいね、えらいね。
頑張ってる私の前で、他の誰かを褒めるのはなんで。
私は凄くないね、えらくないね。
遠回しにそう言っているように聞こえる。
誤解でしょうか?
いいえ。
あなたは私を否定したいはず。
あなたは、他人のために頑張る私が好きだから。
私が自分のために頑張ったら、全て捨てることになるから。
だから、それを否定したいはず。
私は頑張らなくても、他人のために頑張ることができる。
だからすごくない。えらくない。
私の自我は、ずっと、怯えて、隠れて、出てこない。
犯罪を犯してしまったほうがもっとずっと早く救われてしまう。
罪を犯さないうちは、誰も優しくなんてしてくれない。
私の正義は、社会と迎合している。
そのせいで私は、誰からも見向きもされない。
みんなみんな、私を引きずり落としたいのだ。
生まれ持った私の正義が、軌道修正しなくてもいい、
楽な人生だから。
何もしなくても許されるんでしょう?
なら何もしないで
私がやりたいことも、好きなことも、
そんな事しなくても、私は恵まれているのだから
だけど私は、何も出来ない、動けないことを、
罰だと感じている。
それはなんの罰だろう
スラムに生まれた私が幸せになろうと思ったら、
そこにたどり着くまでに沢山の地獄を見ることになるだろう。
私が生まれたこの場所こそが、天国だと言う人がいる限り。
スラムの支配者は、知識や教養を持たない人々を道具のように扱い、私腹を肥やしている。なんて反吐の出る人間。けれど、みんなそんな人間を神のように崇めた。
私の言葉は届かない。
むしろ、悪者は私の方。
知性を捨てた人々は、楽な人生を謳歌する畜生だ。
私も馬鹿になれば良いのだろうか?
いいえ、私が私であることを否定すれば、私はきっと壊れてしまう。目の前にいる畜生と同じ人生を歩むことになる。
知性を捨てた彼等は幸せそう。
私はなぜ、それを拒むのだろうか。
私だって、知識も教養もない、馬鹿な人間。
スラムで過ごす以外の生き方を知らない。
知ろうと思っただけで、地獄を見る。
きっと、ここは支配者の都合のいいように作られた世界。
もし、これが地獄を乗り越えて夢を叶えた結果で作られた世界なら。それを打ち破るなら、それ以上の地獄を見なければいけないだろう。
私にそこまでの力があるのだろうか?
その力はどこから湧いて来るのだろうか?
そもそも、なぜ私にここから逃げるという選択肢が生まれないのだろうか?
この世界がおかしいことに気づいているのは私だけ。
私以外の人はみんな敵。
なら、私は一人でここから逃げ出して、一人で生きていけばいい。
でも、一人で生きていくって、どうやって?
どうやって雨風を凌ぐ? どうやって食べ物を調達する?
それが出来たとして、何も持たない私は、ただ呼吸をして、腹を満たして、寝るだけの人生を歩むことになりはしないだろうか?
それは、このスラムで生きていくこととどう違う?
一人は嫌。
けれど、私と一緒に生きてくれる人はいない。
その事実は、私を打ちのめす。
探せばいるかもしれない。
けれど、スラムの中でどう探す?
私に近づく人間を信用していい?
どれだけ傷ついて、どれだけ裏切られたら、信じていい人を見分けられるようになる?
それはゴールの見えない、途方もない道のり。
信じたい人を見つけられたとして、私はその人を信じ続けられるだろうか。
その人に裏切られたら、きっともう立ち直れない。
そんな経験は今まで生きてきてひとつもないはずなのに、なぜだかそう確信できる。 妄想だと切り捨てられない。だって、可能性はない、とは言えないのだから。
それでも私は、ここから抜け出したいと願う。
絶望しか見えなくても、今いる地獄から抜け出したいのだ。
明日、きみは運命の日を迎える。
準備はたくさんしてきた。
その時にできる1番後悔のない選択をしてきた。
その度、重たい体を引きずった。
恐怖で心が冷えていく。
ああ、このまま小さな部屋の中に閉じこもっていたい。
けれどきみは、自分のため、そして他の誰かのためを、いつだって考えていた。
自分のためだけなら、きみはその部屋の中でじっとしていて良かったのに。
きみは、気づけば外に駆け出していく。
弱い自分を叱咤して、自分の正義を貫くために。
そのたびにバカにされてきた。
出てこなければ良かったのにと。
とぼとぼと、重い足取りで、また部屋に帰ってくる。
膝を抱えて、悔しさと悲しさで涙を流す。
たったひとりで、戦って。たったひとりで、傷ついて。
もういい。知らない。そう言いながら、きみはまた、誰かの感情に引きずられて、そっと窓の外を覗く。
その光景は、楽しそうだった? 苦しそうだった?
孤独を愛するきみにはどう見える?
羨ましくなんてない。
だってきみは、いつだってそこに飛び込んでいける。
誰かと共に過ごす楽しさも、誰かと分かち合う苦しさも、
本当は知っている。
明日は逃れられない運命の日。
いいえ。逃げてもいい。約束を破るという自由はまだある。
けれど、その選択肢は必要ない。
私はきみに大丈夫だと言わない。
なぜならきみは、その不安を抱えたまま挑みたいのだから。
勝利を確信するとはすなわち、相手が悪だと決めつける行為。
きみはそれをずっと避けてきた。
きみは、根っからの悪はこの世に存在しないと、信じているから。
だからきみは、勝利を確信しない。
その不安は、最後まで信じ切りたいという意志の表れなのだから。
なにも大丈夫じゃない。
きみはこれまでどれほど傷ついてきただろう。
仕方がないでは済まされないほどの扱いを受けてきた。
泣き喚いて、怒っていい。
もっと優しくして欲しいと訴えたっていい。
だけど、きみは上辺だけの、腫れ物を触るかのような扱いをことさらに拒んだ。
人の心の、本当の声を聞きたがった。
どうしてそんなことをするのか?
酷いことをされても、嬉しいことをされても、
それだけを一途に考えてきた。
それは綺麗な願いではない。
時に人の汚い本性を暴き立てる容赦のない問いかけ。
誰もが綺麗な心を持っているとするなら、
自分の心が汚れてしまっていたことを自覚した時、
その苦しみに耐えられるものだろうか?
いいえ、一度真っ黒に染まってしまったら、それこそもう取り返しがつかない。
彼等は無自覚に、無差別に、他の誰かを傷つけて、その心を黒く染めるだろう。
きみは、それを黙って見ていることはできない。
ただそれだけのこと。