夏の匂い
スイカは年中スーパーに並んでいる
暑過ぎて蚊がいないから蚊取り線香の出番はない
プールは温泉と化して入れない
花火はゲリラ豪雨で潰れた
それでも草の間から
空の隙間から
風の流れから
どうにかこうにか夏の匂いを嗅ぎ取って
僕たちは夏を此処に留めようとしている
まだ夏を信じたがっている
風でカーテンが揺れるのをいつまでもいつまでも眺めていた子どもだった。
カーテンの向こうに広がる空には雲が浮かんでいて、その雲が少しずつ動いていることに気付いた瞬間は何度でも新鮮に感動したものだ。
風が止めば、ベッドに寝転がったまま足でカーテンを揺らして遊んだ。
まるで時間が無限大にあるかのようにいつまでもカーテンと戯れた日々。
子どもだった日々。
前世の前世のそのまた前世は、誰もが海の生き物だったと言う。
青く深く色を濃くする海の果てに悠々と泳ぐ、そんな夢を見た。
シーラカンスか、或いはラブカか、
未だ深海に生き続ける彼らを知ることは、自分探しをするかのようだ。
命が果てて、いつしか陸が海に飲み込まれて海に還る時に、また会えるのだろう。
夏の気配を感じないまま真夏に突入した俺たちは早くも体調不良な件2025
まだ見ぬ世界へ!
そう言って大海原へ旅立った友は、舟が沈んで死んだらしい。
同じようなことを言って空を飛ぼうとした知人は、呆気なく落ちて死んだ。
馬鹿だな、まだ見ぬ世界などという不確かなものに取り憑かれたからだ。
そう言って僕は今日も石を拾う。
家のすぐ裏手の山に転がる石。
仕事の合間にそれを拾っては磨くのが僕の日常だ。
そんなことをして何になるの、と周りには呆れられるが、磨く度になんてことない石の表面がツヤツヤと輝きを増す様からは、なんとも言えない満足感が得られるのだった。
ある夜のことだった。
磨きたての石を灯りに当てて眺めていた僕は、手を滑らせてそれを落としてしまった。
勢い良く床に落ちた石が音を立てて割れる。
ああ、と嘆こうとした声は、ああっ!!と驚きの声に変わった。
石の断面から、それは美しい青が現れたのだ。
まるで深い海のような、果てしない空のような青は僕の手の中で煌めいて、ずっと眺めていても飽きることがない。僕はその色にどうしようもなく魅了された。
ほら見ろ、海へ漕ぎ出さなくても、空へ羽ばたかなくても、まだ見ぬ世界はこんな身近なところに転がっている。
僕は興奮していた。
もっとこの石を拾わなくては。
確か山の崖の近くで拾ったものだ。あの辺りに行けば、また同じものが拾えるかもしれない。
翌日、僕は崖の際に転がる石を拾おうとしていた。斜めになった地面はどうにも足場が悪く、バランスを崩せば崖下へ真っ逆さまだ。慎重に、しかし今までより大胆にあの窪みにある石を拾いに行く。
あの美しい青を、もう一度手にしたい。いや、それだけじゃない。まだ見ぬ新たな美しい石をこの手に。さあ。
腕をぐっと伸ばした瞬間、体がぐらりと揺れた。
あっ、ヤバい。
はう思った時には足元の地面が消えた。
落ちる。ああ、落ちる。なんということだ。まだ見ぬ石を求めたばっかりに。
──ああそうか。
彼らも、こんな風に海へ、空へと足を踏み出したのだな。
ようやく理解して、僕の身体は石と共に砕けた。