「あの人ね……最後の声は、私の名前を呼んだのよ」
ゆっくりと間を取って、情感たっぷりに祖母はそう言った。
「まあ……」
「愛妻家でいらしたものね」
「最後まで大切に想われていたのね」
「急で大変だったでしょうけど、素敵ね」
趣味の絵手紙仲間たちから口々に褒めそやさかされて、祖母は大層満足気な様子だ。オイオイ、夫に先立たれた可哀想な私、の仮面が剥がれかけてるぞ。
ロマンチストでちゃっかり者の祖母のことは嫌いではないが、自らを彩る演出のためなら平気で嘘をつくものだから、見ているこっちがヒヤヒヤする。
そう、俺は祖父の最期を一緒に見ていたからな。
今際の際に、祖父は確かに祖母の名を呼んだ。
しかしその後すぐにこう言ったのだ。
「酢昆布が食いてえ」と。
そして逝った。
客間のガラス戸越しに祖母と目が合う。苦笑いする俺に、祖母は目線だけで「そうだったわよね?」と圧をかけてくる。
はいはい、そうだったそうだった。と頷いて。
その調子で長生きしてくれよ、婆ちゃん。
オシャレとは無縁の原色のおもちゃ。
なんだかちぐはぐな組み合わせのTシャツとスカート。
冷蔵庫に絶やさない牛乳。
カバンから出てくるシール。
久しぶりに得た一人時間につい買ってしまういつものお菓子。
小さな愛が集まって大きな愛になる。それは親という生き物。
空はこんなにも青く美しいのに世界のどこかで飛び交う爆弾
子供の頃の夢を今でも覚えている。
朝起きていつものリビングに行くと、トランプのキングのような見た目の王様が、我が家のコタツの父の席に鎮座ましましていた。
──お父さんが王様になっちゃった!その異様な光景に怯えて後ずさる私はまだ4歳くらいだったはずだ。
部屋数もない団地の狭い間取りは幼い私にとっては大きく広く、寝室に逃げようにもそこは遥か遠くに思われた。
怖いのをぎゅっと我慢して廊下に出て、ようやく寝室の前にたどりつけば、そこには白いオバケが待ち構えていた。
オバケ、それはまさにオバケとしか言いようのないオバケだった。子供がシーツをかぶってオバケごっこをする時そのまんまの見た目のオバケが、寝室の扉の前でゆらゆらと揺れている。
寝室の扉は開いている。あそこまでいけばお母さんがいる。お母さん、お父さんが王様になっちゃったよ。そう伝えたいのに、オバケが怖くて近づけない。そうしている間に朝の光が窓から差し込んで、部屋が奇妙に白く浮かび上がって──私は目覚めた。
子供ならではの、なんてことないようでいてシュールで不可思議なあの夢は、もう随分と遠くなったにも関わらず、ありありと思い出せる記憶の引き出しの一等地に居座っている。
恋人をドラマチックき引き止める人「どこにも行かないで」
イカが見当たらない関西の人
「どこにもイカないで?」
井出さんをすべての場所に派遣したい関西の人
「どこにもいかな!井出!」