「あの人ね……最後の声は、私の名前を呼んだのよ」
ゆっくりと間を取って、情感たっぷりに祖母はそう言った。
「まあ……」
「愛妻家でいらしたものね」
「最後まで大切に想われていたのね」
「急で大変だったでしょうけど、素敵ね」
趣味の絵手紙仲間たちから口々に褒めそやさかされて、祖母は大層満足気な様子だ。オイオイ、夫に先立たれた可哀想な私、の仮面が剥がれかけてるぞ。
ロマンチストでちゃっかり者の祖母のことは嫌いではないが、自らを彩る演出のためなら平気で嘘をつくものだから、見ているこっちがヒヤヒヤする。
そう、俺は祖父の最期を一緒に見ていたからな。
今際の際に、祖父は確かに祖母の名を呼んだ。
しかしその後すぐにこう言ったのだ。
「酢昆布が食いてえ」と。
そして逝った。
客間のガラス戸越しに祖母と目が合う。苦笑いする俺に、祖母は目線だけで「そうだったわよね?」と圧をかけてくる。
はいはい、そうだったそうだった。と頷いて。
その調子で長生きしてくれよ、婆ちゃん。
6/26/2025, 11:15:15 AM