だから、ひとりでいたい。
一人でいたい。
誰かと比べて、優れていないと安心できない。
自分で自分を肯定できない。
褒められない。
褒めて欲しい。
あの子になりたい。なれない。
中途半端で、1番になれない。
誰かにとっての1番になりたい。
所詮私でしかない。
のに、私以外の何かになりたい。
羨ましい、
だとか。妬ましい、
だとか、おもうけど。でもやっぱり嫌いになれない。
きっとみんなは、そんなに私のことが好きじゃない。
自分は嫌い。嫌い。嫌い?
一人でいたい。
独りは痛いよ。
澄んだ瞳
私の瞳は、黒々として
いつも死んだ魚の目。
貴女が黒曜石のようと
言ってくれた目。
貴女のおかげで、私の瞳は
沢山の夜を吸い込んで、
澄んで微かに光っている。
嵐が来ようとも
ラジオの声は俺たちの唯一の娯楽であると同時に、嵐を告げる呼び鈴であった。
「これやばくないっすか?過去最大規模の台風って、この河原も氾濫しても」
「木原、お前もう家帰れ」
木原は、少し俯いて黙り込んだ後、ヘラりと笑った
「無理っすよ」
「あ?つべこべ言わず先輩の助言を聞けよ。いいか?帰れる家があるうちは幸せだ。溺れ死ぬか、お国の世話んなるか、戻れる時に戻らねえと、俺らホームレスの末路はそんなもんだ」
「今更嫁と子供に合わせる顔なんてねえっすもん」
「馬鹿野郎、嫁さんに旦那が死んだかもしれねえっちゅう不安背負わせるつもりなんか?」
「いや。心配なんか」
「してるさ。わかってんだろ」
「だって、俺が浮気して、全部積み重ねたものぶち壊して」
「てめえが壊したもの直しもせずに逃げるのか?随分と無責任だな。お前に罪悪感があってこんなことになってんなら、ちゃんと話しして謝んのが筋ってもんだろ」
木原は、少しの間考え込む素振りを見せた。その瞳は水面のように揺れ動いている。
「許してくれるっすかね」
「許して貰えるまで謝んだよ」
木原が立ち上がって、頭を下げる。無言の空間に流れる水の音だけが響いた。やがて、長い時間が経って、木原は俺に背中を向けて歩き出した。ふと思い立って
その背中を引き止める
「おい!」
「なんすか」
「これで銭湯にでも入ってから顔見せろ、清潔感のねえ男は嫌われる」
「経験談っすか」
「うるせえ」
輝きの鈍った200円。木原はそれを恭しく受け取る。
「あざっす。今度何十倍にしてお返しします」
「施しは受けねえ」
「お礼っすよ」
木原は歯を見せて笑った
「勝本さんは帰らないんすか?」
「ああ、国のお世話になることにするよ」
「っすか?ご無事で。」
お前もな。と祈りを込めて目を閉じる。
なあ、木原。同じ河原で、隣同士のダンボール生活。お前は川のこっち側で、俺はあっち側にいるんだろ?
たとえ嵐が来ようとも、帰れる家を、俺は失ってしまったのだ。
お祭り
あのころはまだ、夏と言っても30度を超えるか超えないかくらいの暑さで、けれども彼は顔を真っ赤にして言った。
「30日の祭りで、告白する、から行かね?」
「え」
行く、と瞬間的に私は答えた。
「浴衣、着てきて欲しい?」
「うん」
「じゃ、そっちも着てきてよ」
「持ってねー」
『次のニュースです。四国地方の記録的な大雨の影響で、30日夜までに5人の遺体が見つかっています。警察は土砂災害等の二次被害を警戒しなから行方不明者の創作を続けています』
私の家は冠水して、近いうちに東京に越すこととなった。
祭りは行われないまま、私たちの夏は彼方へ流されてしまった。
「そっかー、東京出てきてたんだ。連絡先変えちゃってたし全然知らなかった」
「高校の友達とは連絡とってるの?」
「ううん。上京でバタバタしてて、それっきり」
社会人二年目、彼が取引相手として現れたのは全くの偶然だった。
「東京の夏は暑いね」
「あっちの方が南にあるけど、涼しい記憶ある」
「風鈴とか欲しい」
「あね、あんま売ってないかも。こっちでは祭りの屋台とかでしか見たことない」
「あー。行きたいね?祭り」
その言葉に、耳の後ろが熱くなるのを感じた。
「コロナで今ないよ。祭り」
「じゃ。祭り、勝手にやっちゃおうよ」
私の家に帰る途中、彼はコンビニに寄って。
線香花火とコンドーム。
5円のレジ袋の中身を見ないフリした。
もうすぐ恋人になるふたりだ。
神様が舞い降りてきて、こう言った。
幸せだとかを一切削ぎ落としたような人生を送っていた。
37歳、婚約した女が自殺した。彼女の遺書の中で、おれはDV男になっていた。彼女は精神を病んでいたのだ。警察の取り調べは三日三晩続き、葬式に出られなかったのでせめて線香をあげに行った。玄関で親父さんにしこたま殴られて、彼女の家に入ることは許されなかった。そんなことよりも、お袋さんに泣かれたことの方が余程堪えた。おれたちの過ごしてきた日々が、木っ端微塵に破壊されたような気がしたのだ。
釈然としない気持ちを抱えたまま、行きずりで女を引っ掛けたら、えらく当たりが出た。その女は彼女と比べても数段上の美人だったし、何よりお喋りじゃなかった。おれたちは戯れるようにキスをして、その後セックスをした。その行為はなんの意味も持たず、ただそこにあるだけだった。
ラブホの安いレースカーテンから差し込む日差しに目を覚ました。中身の抜かれた財布と、これまた空っぽの心がそこには残った。
シーツにくるまりながら、おれは幻覚をみた。彼女の病気が感染ったのかもしれない。けれどそれは。幸せな夢だった。彼女の顔をした神様は、一言、「嘘つき」とそう言った。
シーツには血と嘔吐痕が染み付いて異臭を放っている。おれではないから、きっと、あの女のものだ。
彼女を幸せにしてやりたいと思っていた。彼女を幸せにすることで、不幸になることが、おれにとっての何よりの幸せなのだと、信じていた。